蒼空の向こう
僕はヘラヘラと笑うだけで、返事はしなかった。
2度目の体育の時間。100メートルのタイムトライアル。
学年で2位の記録だった。一位は亀野君。名前は亀でも、ずば抜けて早かった。
100メートルを12秒台で走ったのは亀野君と僕だけだった。後に亀野君は県の大会でも3位に入った。
「梅雨川!!・・・お前・・・陸上部に入れ!」
「チビだから・・・無理です」
「なんば言いよるか〜体は直ぐに大きくなる。梅雨川・・・陸上部に入れ!」
熱意に押された。と言うより、「いや」と言えなかった。
「・・・・はい」
その日の放課後からグラウンドを走り回ることになった。
島のおばさん達のおかげかもしれない。
身長も先生の言う通り、タケノコのように伸びた。
Sという美術の先生がいた。
女性。おそらく50代。白髪交じりでメガネを掛けていた。老眼が入っているのか、いつも眼鏡越しの上目使い。トレードマークはドクターの様な白衣だった。
授業のパターンなのだろうが、木炭デッサンから始まる。
みんな真面目に教室の中央に置かれたシーザーの胸像と戦っていた。
僕はやる気が無かった。だが、初めて使う木炭の柔らかい感触が気に入り、画用紙(木炭紙)に木炭が無くなるまで真っ黒に塗っていった。
ずり落ちた(この方が見やすいらしい)眼鏡を指先で上げながらS先生が近づく。
僕の後ろで立ち止まると、息が掛かるほどに顔を近づけてきた。
「梅雨川君・・・・何をしているの?」