神様ソウル3
とにかく、問題を解決するためには一度上司に報告する必要がある。ひとまずレイカを部屋から締め出し、課長の目の届かないところへ追いやる。
「課長はここにいてくださいね」
「わかってるよ……」
念のため課長の肘の辺りにぐるっと腕を回して自由に身動きを取れないようにしておく。
「別にそこまでしなくても逃げたりなんかしないよ」
「いーえ。信用できません」 空いた手でポケットからケータイを取り出す。
「上に連絡、ってケータイなんかでできるのか」
「はい。念波を音声に変えてくれるので直接連絡するのと比べて一つ手間が省けるんです。絶対に必要って訳でもないんですけどね」
「へー」
「まぁそんな豆知識は置いといて」
ケータイに力を注いで耳に当てる。通話口から上司の息遣いが聞こえてきた。彼女はまず始めに大きなため息をつき、それからゆっくりと話し始めた。
「……またあなたですか、B-253768番。何か問題でも起こりました?」
彼女は古くから私の上司として色々世話を焼いてくれている。恩師と言ってもいい。役職の名前も無駄に長かったので私は彼女のことを「先生」と呼んでいる。
ちなみにB-253768番とは天界での私の種別番号、本来の名前だ。
「はい。実は現在人間界で監視を続けている課長の寄り代である里見ヒロトの体が地獄の連中に狙われていたようで」
「課長というのはB-2154番のことですね?」
「はい。それで地獄からその魂を手に入れるために刺客が送り込まれてきたんです」
「地獄から刺客……悪魔が来たの?」
「はい。まだ小さい女の子ですが力は持っているようです。完全な支配は阻止しましたが、強い繋がりを持ってしまって、現在里見ヒロトはその悪魔に魅了されている状態です」
「はー。なにやってるんですかあなたは。監視するためにそっちに残ったというのに」
「すいません。お風呂に入ってたらうとうとしちゃって……」
「しっかりしてくださいよ。入浴も睡眠ももともとあなたには必要のないものでしょう?」
「すいません……。そこで力の解き方を教えていただきたくて連絡したんですが」
「……魅了されているといいましたね。具体的にはどこまで交わっているの?」
「一瞬だけ唇を重ねてしまったという話です」
「キスですか……」
「症状自体はそこまで重くないようなんですが、治すことは可能なんでしょうか」
「できると思いますよ。あなたでもごく簡単に」
「本当ですか!!」
思わず声のボリュームが上がる。隣で課長の体がびくりと跳ね上がった。
「ええ。あなたやわたしの持つ力は悪魔達の持つ力とは完全に対極に位置しているものですから、あなたの力でその里見ヒロトの魂を元のあったように正してあげればいいわけです。もちろんキスでね」
「なるほど。簡単ですね」
要するに普段やってるのと同じようにやればいいわけだ。
「力を口に集めることはできる?」
「え、どうしてですか?」
「キスで力を送り込むんだから当然でしょう」
「キ、キス!?私がですか?」 「今言ったじゃない」
「どうしてキスしなきゃいけないんですか!?」
「粘膜同士を触れ合わせるのが力を通わせるのに一番効率がいいからよ。別に粘膜同士ならどこだっていいけど、キスが一番ハードルが低いんじゃない?」
確かにそれはそうだが……。
「悪魔とキスしていたとはいえ、ほんの一瞬のことですよ。キスなんかしなくても丹念に力を送り続ければ治すこともできるんじゃないんですか?」
「できるかもしれないけどかなり時間がかかると思うわ。悪魔にとってキスとかそういった交わりって特別な意味があるのよ」
「むー」
「何をためらってるの」
「いや……やっぱり恥ずかしいじゃないですか。キスなんて」
「唇と唇をくっつけるだけじゃない。しかも人間相手よ」
「まぁ、そうなんですけど……」
「さっきから人間みたいなこと言って。やっぱり人間界に長く住むのは良くないと思いますよ」
先生はため息混じりに行った。またいつもの長い説教が始まりそうな雰囲気だ。
「いいんです。もう決まったことですから。それじゃまた何かあったら連絡します」
「あ、ちょっと待って」
「なんですか」
「その悪魔の扱い方について。注意すべきことを伝えておきます」
「あ、はい」
「悪魔と里見ヒロト本人を近づけさせないのは状況を悪化させないための大前提だけど、限度は考えること」
「二人を離し過ぎるのはいけないってことですか?」
「そういうこと。悪魔に心を奪われている彼にとって、その相手が傍にいないというのは非常に苦しい状況のはずよ。あまりストレスが溜めさせない方がベターでしょう」
確かに。この体も一応普通の女の子のものだ。もし課長が我慢できなくなって暴れだしてしまったら、私の力ではそれを制することは難しいと思う。
「……課長がストレスを感じない程度の距離を保ちつつ、悪魔と課長の直接の接触も避ける。ってことですか」
「概ねそれで問題ないでしょう。何か変化があったらすぐに連絡して」
「わかりました」
「本当は援護を送ってあげられればいいんですが。こっちも忙しくて」
「何かあったんですか?」
「何かあったんですか、ってあなた達二人がそっちの世界でぶらぶらしてるからでしょうが」
「あー」
言葉もない。私はともかく課長のような幹部級の人間が抜けてしまうのは組織にとっては大きな痛手になるだろう。
「あと五、六十年なんて待ってられませんよ。適当に事故にでも巻き込まれて早くこっちに帰って来て下さい」
さらっととんでもない要求をしやがった。私は「善処します」と適当に返事をして、上司との通話を切った。