神様ソウル3
夕食を終えた後。レイカが「今日は疲れたからもう寝る」と言ってリビングを出ていくのを見送ってから、私は日課である先生への定時連絡を行うことにした。
「え、まだキスしてなかったんですか」
現状を伝えると先生は呆れた様子でそう言った。
「まだって。前回の交信から一日しか経ってないですよ」
「その一日の間、一体あなたは何をやっていたんですか。呪いを解く機会はいくらでもあったでしょう」
「それはそうですけど……」
「恥ずかしいとか言ってないで、さっさとやってしまいなさい。キスはキス。唇と唇を合わせるだけ。舌と舌を絡めるだけ。そうでしょ?」
「舌を絡める!?そんなの初めて聞きましたけど!!」
「キスと言えば普通はそっちの方を指しませんか?」
「指しませんよ!舌を絡めるとなると一気にハードルが上がるんですけど!どうしてそっちじゃなきゃだめなんですか!?」
「単純に効率がいいってだけですよ。唇同士でも力を送り込むことに不自由はしませんが、ディープなキスに比べると効率遥かに劣ります」
「と言っても、課長とレイカだってほんの数秒キスしてただけですよ?」
「このことに関しては以前も言いましたが、悪魔は自分の力を他者に渡したり、他者から受け取ったりするのが私達より遥かに上手いんです。まず天界では他者への力の受け渡し自体が必要のないことでしょう?」
「まぁ、はい……」
確かに、仕事では物や事象に対して力で働きかける方法しか必要ないし、学んでいない。
「よって、あなたが里見ヒロトに唇を使って力の受け渡しを行った場合、その力の多くは里見ヒロトの体内に吸収されることなく周囲の空気に霧散し、溶けこんでしまうでしょう。そこでディープキスが必要になるです」
「む、ぐ……」
「それであなたの力を全て送り込んでも呪いを解くに至るまでの力に足りるかどうか……。その場合は後日同じ方法で解呪に臨んでもらうとして」
「一回だけじゃ終わらないこともあるんですか!?」
「それはもちろん。里見ヒロトが正常な状態に戻るかどうかが重要ですから。というか、どうしてそんなにキスをすることを嫌がるんですか」
「だから恥ずかしいって言ったじゃないですか!!キスって、人間界ではすんごく仲のいい男女がするものなんですよ!」
「あなたは天界育ちだからそんなこと気にしないと思っていましたけど」
「い、以前は気にしなかった、はず……なんですけど。なんか最近人間界の空気に馴染んできたといいますか」
「昔からそういうところがありましたよねあなたは。人間っぽいというか天界人らしくないというか。天界でも少し浮いた存在だった」
それは私が天界にいた頃から常に感じていたことだった。やっぱり周りからもそういう風に見えるのか。
「やっぱりそれってダメなことですか?」
「いいえ、私はいいと思いますよ。稀にいるんですよね、そういう人って。あなたの所の課長さんもそうでしょ?」
「課長……」
私の頭の中に課長の姿が浮かんだ。彼は自由奔放で変化に満ちていて、他の天界人にはない物をたくさん持っていた。
「だから私はB-2154番の下にあなたを付かせたんですよ。彼ならきっとあなたのことを理解できると思ってね。実際かなり上手くいっていたみたいじゃないですか」
先生が楽しげな調子で言った。
「だからね、あなたがB-2154番に対して特別な感情を抱いていても何もおかしいことなんてないと思うわ。でも、それだったらなおさら恥ずかしいなんて言ってる場合じゃないんじゃないの?」
「わ、私は……」
里見ヒロトもさっき言っていた。その感情は恋だと。私は知らず知らずの内に自分の気持ちと向き合うことから逃げていたのかもしれない。異端だから、結ばれることなんて有り得ないから。
「……ま、そのことに関しては今すぐに答えを出す必要はないです。今何をすべきなのかは……わかりますね?」
「……はい」
私の返事を聞くと先生は満足げによろしい、とだけ言って通信を切った。
一人になった私は、この問題を解決するために自分自身の気持ちと向き合わなければならなかった。
……私は、課長に恋している、らしい。自分でもずっと気づかないフリをしてきたけど、まるで人間のような想いだけど、きっとそれが事実なのだ。
なんだか息苦しい。肺の辺りを何かに締め付けられたようだ。だがそれが悪いことではないということを私は心のどこかで理解していた。