神様ソウル3
働き始めて間もなく、私は課長からテミスと呼ばれるようになった。それから何年もの時間を私は課長と過ごした。メティスさんが異動でいなくなると私は本格的に課長の秘書として仕事をすることになった。仕事もそつなくこなせるようになり、新米と呼ばれる歳でもなくなってきた。
「俺、この仕事向いてないわ」
ある日、私の隣で黙々と雑務に励んでいた課長がペンを放り投げて言った。
「どうしたんですかいきなり」
「あと何年この仕事やらなきゃならないんだろうなー」
「課長の場合はあと六十年位になるんですかね」
そして勤務年数を消化した魂は三年の休息期を経て、忘却の滝に連れていかれまた新たな魂として生まれ変わるのだ。
「働いて一体何になるんだろうな。周りの奴らはそんなこと考えずに毎日毎日働いてる。休日も娯楽もないっていうのに」
「課長って時々人間みたいなこと言いますよね」
「他の奴らが真面目過ぎるだけだよ。みんな何かに操られてるみたいにきっちり折り目正しく生きてる。そんな中、初日から大遅刻をかましたお前は魅力的に見えた。くそつまらん役人どもとは違うと思った。だから秘書にて傍に置いておこうと思ったんだ」
確かに、規範から外れることを許さない周りの雰囲気に付いていけないと思ったことは何度かある。そういう意味では私も課長と同じ「少し外れた」天界人なのかもしれない。
「生まれた時に付けられたクソ長くて無個性な管理ナンバーで呼び合う。互いに過度な干渉はせず、恋愛や結婚もしない。他にもおかしいことはたくさんある。だが、誰もそれをおかしいと思わない。絶対におかしい。おかしいよこの世界は」
「課長、あんまりそういうこと言わない方が……」
私は以前、課長と似たようなことを公の場で主張している者を見たことがある。その男は大勢の屈強な男達に取り押さえられ、どこかへ連れ去られていった。恐らく記憶を消すために忘却の滝に連れていかれたのだろう。昔大きな反乱が起こってから、異分子への対応は非常に厳しくなっている。
「昔、自由を求めた者達が異世界に移動して地獄と呼ばれるようになったっていう話だけど、そいつらもこんな気持ちだったのかな」
「……課長」
「つまらないんだよ。進歩や変化を捨てたこの世界には希望も絶望もない。俺はそれが退屈でしょうがないんだ」
その数日後、課長は姿を消した。人間界で里見ヒロトとして生活していることがわかったのはそれからしばらくしてからのことだった。
課長がいなくなった運命管理課で仕事に励んだ私は以前より少しだけ地位を上げた。ある程度のわがままも聞いて貰えるようになった。そこで私は、上司にお願いして、課長を連れ戻すという名目で人間界に赴く機会を得た。