「舞台裏の仲間たち」(12)
「姉妹で、あまりにも裏と表の皮肉な運命になったようです。
茜がどんな風に、いままで私生活を過ごしてきたのか、
私はまったく知りません。
しかし茜は、健康で29歳になる女の子です。
多少のことはあるだろうと、余計な推測はできますが、
いずれも、誰にも見せることのない
秘めごとと呼ばれる世界での出来事です。
石川さん、
運命と言うのものは、実に気まぐれです。
10年間もの夫婦生活を通じて、あれほど子供を熱望しても、
子供に一切恵まれないという、私たちのような境遇もあれば
たった一度のあやまちでも、子供ができてしまう可能性もあるようです。
いずれにしても、
すでに茜は堕胎を選択してしまいました。
この先のことなどは、誰にも解りません。
私が、石川さんに伝えたいのは
何も聞かずに、何も言わずに、
あなたもひたすら耐えてくださいということだけです。
今頃は、茜もおそらく耐えていると思います。
おそらくこれは、ひと時の熱情や衝動だけでは解決をしない問題です。
これから先を、どう生きて行くのか、
なぜ生きて行くのかを
現実の問題として、つらい選択もしなければなりません。」
「座長なら・・・
どうしますか、」
「俺なら、何もしないし、何もできないと思います、
おそらく。
傷ついた翼が、癒えてくるのをただ待つだけです。
男にはそんな時もある、
黙って石になって、愛する者を温めてやる・・・
そんな生き方をしなければならないときもある。
だが、すでに私は、
姉のちずるを守り切ることができずに、
かえって、取り返しのつかない深い傷をつけてしまいました。
俺の失敗談が教訓になるのなら、
石川さんには、道を誤らないで進んでほしいと思っています。
茜は、あえて厳しいと思われるほうの道を
すでに選んでいます。
不器用ですが、どこまでも嘘のつけない娘です。
本気で、石川さんとやり直してみたかったのだと・・・
そう、私は思っています。
それゆえに、茜も腹をきめての行動だったと思うのですが、
なにが正解なのかは、誰にもわかりません。
ただ、茜を大事にしてやってほしい・・・
それが、俺に言える
ただひとつのアドバイスです。」
ぱたんと、今度は小さな音を立てて
中華油の良い匂いと一緒に、襟を立てた時絵ママが戻ってきました。
そのまま包みをカウンターに置くと、熱燗の徳利を持って
また奥の厨房へと消えました。
作品名:「舞台裏の仲間たち」(12) 作家名:落合順平