「舞台裏の仲間たち」(12)
座長がカウンターに用意されていた
熱燗の徳利を手にとり、一杯目を勧めてくれました。
「さて、言いにくいほうの話ですが、
結論だけを先に言います。
茜が妊娠していたことは、もう石川さんもご存知ですね、
本人も、あなたにしゃべってしまったことを大変に
後悔をしているようでしたが、
茜という女の子は、実はそう言う子なんだと思います。
嘘がつけない子です。
茜もそれなりに悩んだ末の結論だと思いますが、
・・・すでに、
子供を堕してしまいました。」
「・・・・」
「産んで、一緒に育てようと言ってくれたそうですね。
茜は涙が出るほどに、
嬉しかったと言っていました。
しかし現実にはそのひと言も、茜には重すぎたようです。
あの子も、姉のちずると同じように、
相手のことを、まず先に想いやるような
生き方をするようです。
出来てしまった事実は、
絶対に後戻りをすることができませんが
茜にしてみれば、そんな風になる前に、
できれば、あなたに出会いたかったようです。
運命とは、実に皮肉で、残酷です。
償うことは出来ても、消し去ることはできません。
あなたと過去の過ちとの狭間で、悩みぬいた末に
茜は、結局、あなたに黙って堕胎することを決めてしまったようです。
優しさに、罪があるなどとは言いませんが、
時としては、その優しすぎることが裏目にも出るようです。
優しすぎることが思いがけずに、
予期しない残酷な場面や、出来事を産むこともあります。
私の、言いにくい話の結論というのは、
男と見込んだ石川さんへ、たったひとつのお願いです。
どうか、何も聞かずに・・・
茜をまるごと受け止めてやってください。
茜は、ガラスのように壊れやすい女の子です。
茜がどこでどうして妊娠をしてきたのかは、私もまったく知りません。
ただはっきりしていることは、男が消えてしまい、
妊娠した茜が残されてしまったという、誰も変えようのない事実だけでした。
姉のちずるは、実はこの事実を知りません。
知っているのは、あなたと私、
そして今も苦しんでいる、茜の3人だけだと思います。
小山くんが何かを嗅ぎつけたようですが、彼も悪い人間ではありません。
私も、人生失格と言うか・・・
男女の間柄のことに関しては、
取り返しのつかない、手痛い失敗をしてしまいました。
そんな男に、偉そうなことを言う資格などはないと思うのですが
あえて、言いにくい事を言ってしまいました。」
座長が一気に熱燗をあおりました。
徳利を受け取り座長のぐい呑みへ、たっぷりと
酒を注ぎ足しました。
作品名:「舞台裏の仲間たち」(12) 作家名:落合順平