美しいお父さん
昔のテレビアニメの再放送で、こんなシーンを見た。
とてもきれいな女の人が出て来る。その人は機械人間なのだ。
昔の生身の身体は氷のお墓に入っている。女の人は、氷づけのかつての自分を見て、泣いている。
機械とはいえ宇宙で一番美しい身体を得たのに、女の人はもとの身体がなつかしくて悲しんでいる。
あたしには、女の人の気持ちが分からなかった。きれいになれるのなら、機械の身体でもかまわない。
きれいなったら、お父さんもあたしを好きになってくれると思う。
あたしのお父さんは、とてもハンサムだ。
スタイルも抜群で、ギリシア彫刻の美青年そのまま、うっとりするほど美しい。
お父さんは俳優をやっている。どんなヘアスタイルも似合うし、何を着ても輝いてしまうから、芸能界で一番すてきな男の人と言われているのだ。
お父さんの美しさは娘のあたしにとって何より自慢で、あたしはお父さんが大好きだ。
お母さんも元女優だけあって華やかな美人だ。お姉さんもお母さん似でかわいい。
うちの家族は美しい。でも、やはり一番際立っているのはお父さんだった。
お父さんは、まるで天使ように崇高なオーラをまとい、異質なまでに美しかった。しかもその美しさは日々加速していくのだった。
異質と言えば、あたしは反対の意味で家族とはかけ離れていた。
あたしは、ブスなのだ。
家族のだれにも似なかった。お父さんが言うには「ぼくのろくでなしのハトコに似ている」のだそうだ。
お父さんは、あたしのことが嫌いだ。
それは、あたしがブスだからなのか、あたしがお父さんのろくでなしのハトコに似ているからなのか、分からない。
お父さんは身の周りも美しいものでそろえることが好きだった。
屋敷をヨーロッパ調の家具や飾りで統一し、白樺や色とりどりの花で庭を囲んだ。
お母さんやお姉さんにも、ブランドのドレスやアクセサリーで身を飾らせた。
お父さんは、あたしにも高価なドレスを買ってくれたが、あたしの貧相な顔や身体にはどれも不釣り合いだった。
お父さんは激怒し、それらをすべて暖炉に投げ入れた。きらきらしたドレスが燃えてしまうのを、あたしは泣きながら見つめた。
しかし、お父さんは「あいつに似たからだ」とさかんに悔しがった。
その後も、お父さんはあたしを美しく飾るためにいろいろ手を尽くしたが、あたしはいっこうにお父さんの望み通りにはならず、不細工なままだった。
うまくいかないたびに、お父さんはあたしを殴った。
ついには、お父さんが家にいる間は、部屋から出ることも禁じられた。が、たまたま顔を会わせてしまったときは、あたしはお父さんに血を吐くほど殴られた。
お母さんとお姉さんが泣いて止めてくれる。
でも、悪いのはお父さんではない。美しくないあたしが悪いのだ。
美しい家族のたった一つの不幸、それがあたしだ。
お母さんお姉さん、悪い子のあたしなんかのために泣かないで。
お父さん、美しく生まれることができずに、がっかりさせてごめんなさい。
自分が悪いと思いながらも、お父さんに殴られるたび、あたしはこっそり夜中の裏庭で泣いた。
すると、いつの日からか、きまって怪人が現れるようになった。
怪人は、物言わず、のっそりあたしのそばへやってくる。
マントを頭からすっぽりかぶり、闇にまぎれている。
ときおり差し込む月明かりに照らされる顔は、あばただらけで醜かった。
でも、彼は優しい。泣いているあたしを胸のうちに抱きかかえ、頭をなでてくれる。
口がきけないらしく一言も話さないけれど、ゆっくり身体を揺らして、あたしが泣きやむまでゆりかごになってくれるのだった。彼の心臓の鼓動は、子守唄の響きのように心地良かった。
怪人の正体は不明だ。尋ねても怪人は首を振った。
しかし、彼の顔の輪郭やくぼんだ目、丸い鼻が、鏡で見る自分の顔にそっくりなのに、あたしは気がついていた。
お父さんが言っていた「あたしそっくりのハトコ」こそ、この怪人に違いない。
そして、怪人こそがあたしの本当のお父さんなのだと、あたしは思うようになっていた。
怪人は、何かの事情で、美しいお父さんにあたしを預けたのだ。
しかし、彼はお父さんに憎まれているから、屋敷のどこかにこっそり身を隠くして暮らしている。成長するあたしを見守りながら。
つまり、あたしには二人のお父さんがいることになる。
あたしは、醜いけれど優しい本当のお父さんが大好きだし、どんなにぶたれても、美しいお父さんをあいかわらず愛していた。
ある夜、美しいお父さんがたいへんなことになって帰って来た。
頬に大きな傷を受けていたのだ。
ドラマのメーキャップをしたまま帰ってきたのかとあたしは思っていたが、お父さんは大声で叫んだ。
「手術に失敗した!今までこんなことなかったのに。全部あいつのせいだ。ちくしょう、ちくしょう!」
お父さんは家族を振り払い、自分の部屋にとじこもった。
ところが、まもなく部屋から煙がたちこめた。
お父さんは部屋から飛び出し、お母さんとお姉さんをしばり上げた。
そして、あたしを捕まえて、屋敷から追い出した。
「おまえみたいな醜い子供はいらない!」
あたしはすぐに理解した。
お父さんは家族と死のうとしているのだ。美しかった顔に傷ができたことを悲観して。
でも、その家族にあたしは入っていない。
あたしはブスだから、お父さんはあたしを家族として認めれくれなかったのだ。
屋敷はあっという間に炎に包まれた。ドアも窓も真っ赤な火に熱く閉ざされた。
あたしは泣いた。最後の最後まで、家族に入れてもらえなかったことが悲しかったのだ。
死さえも分かち合ってもらえない。あたしも家族の一人として、一緒に逝きたかったのに。
突然、二度と開かないと思われていたドアが開き、人がふらりと出て来た。
炎をかいくぐり、あたしのそばへやって来る。
それは例の怪人だった。
彼は火事のまきぞいにあったのだ。醜い顔は炎にただれて二目と見られないほどになっていた。
怪人は、あたしの名前を呼んだ。
口のきけないはずの怪人が、はじめてしゃべった。
しかもその声は、美しいお父さんのものだった。
「最後に聞いてくれ。
おれは、とても醜い男だった。そのせいで人々はおれを忌み嫌い、のけ者にした。
おれはみんなに受け入れてもらいたくて、整形し、美しい顔に生まれ変わった。
人々は醜かったおれだと気づきもせず、大喜びで迎え入れてくれたよ。
もっともっとみんなにおれを好きになってもらいたくて、おれは整形を繰り返した。
美しくなればなるほど人々はおれを愛し、おれは幸福だったよ。
でも、何度整形しても満たされない。多くの人々に愛されているのに、いつも不安なのだ。
美しくあり続けないと愛されないのではないかと、恐ろしかった。
安心を得たいあまりに、とことん美に固執した。美しい妻、愛らしい姉娘、豪華な屋敷、永続的に輝きを放つ自分自身。
ところが、末娘は醜いころのおれそっくりだった。
おれは昔の自分を見るようで胸くそ悪く、また、末娘の存在がおれの正体をばらすのではないかと恐れた。
とてもきれいな女の人が出て来る。その人は機械人間なのだ。
昔の生身の身体は氷のお墓に入っている。女の人は、氷づけのかつての自分を見て、泣いている。
機械とはいえ宇宙で一番美しい身体を得たのに、女の人はもとの身体がなつかしくて悲しんでいる。
あたしには、女の人の気持ちが分からなかった。きれいになれるのなら、機械の身体でもかまわない。
きれいなったら、お父さんもあたしを好きになってくれると思う。
あたしのお父さんは、とてもハンサムだ。
スタイルも抜群で、ギリシア彫刻の美青年そのまま、うっとりするほど美しい。
お父さんは俳優をやっている。どんなヘアスタイルも似合うし、何を着ても輝いてしまうから、芸能界で一番すてきな男の人と言われているのだ。
お父さんの美しさは娘のあたしにとって何より自慢で、あたしはお父さんが大好きだ。
お母さんも元女優だけあって華やかな美人だ。お姉さんもお母さん似でかわいい。
うちの家族は美しい。でも、やはり一番際立っているのはお父さんだった。
お父さんは、まるで天使ように崇高なオーラをまとい、異質なまでに美しかった。しかもその美しさは日々加速していくのだった。
異質と言えば、あたしは反対の意味で家族とはかけ離れていた。
あたしは、ブスなのだ。
家族のだれにも似なかった。お父さんが言うには「ぼくのろくでなしのハトコに似ている」のだそうだ。
お父さんは、あたしのことが嫌いだ。
それは、あたしがブスだからなのか、あたしがお父さんのろくでなしのハトコに似ているからなのか、分からない。
お父さんは身の周りも美しいものでそろえることが好きだった。
屋敷をヨーロッパ調の家具や飾りで統一し、白樺や色とりどりの花で庭を囲んだ。
お母さんやお姉さんにも、ブランドのドレスやアクセサリーで身を飾らせた。
お父さんは、あたしにも高価なドレスを買ってくれたが、あたしの貧相な顔や身体にはどれも不釣り合いだった。
お父さんは激怒し、それらをすべて暖炉に投げ入れた。きらきらしたドレスが燃えてしまうのを、あたしは泣きながら見つめた。
しかし、お父さんは「あいつに似たからだ」とさかんに悔しがった。
その後も、お父さんはあたしを美しく飾るためにいろいろ手を尽くしたが、あたしはいっこうにお父さんの望み通りにはならず、不細工なままだった。
うまくいかないたびに、お父さんはあたしを殴った。
ついには、お父さんが家にいる間は、部屋から出ることも禁じられた。が、たまたま顔を会わせてしまったときは、あたしはお父さんに血を吐くほど殴られた。
お母さんとお姉さんが泣いて止めてくれる。
でも、悪いのはお父さんではない。美しくないあたしが悪いのだ。
美しい家族のたった一つの不幸、それがあたしだ。
お母さんお姉さん、悪い子のあたしなんかのために泣かないで。
お父さん、美しく生まれることができずに、がっかりさせてごめんなさい。
自分が悪いと思いながらも、お父さんに殴られるたび、あたしはこっそり夜中の裏庭で泣いた。
すると、いつの日からか、きまって怪人が現れるようになった。
怪人は、物言わず、のっそりあたしのそばへやってくる。
マントを頭からすっぽりかぶり、闇にまぎれている。
ときおり差し込む月明かりに照らされる顔は、あばただらけで醜かった。
でも、彼は優しい。泣いているあたしを胸のうちに抱きかかえ、頭をなでてくれる。
口がきけないらしく一言も話さないけれど、ゆっくり身体を揺らして、あたしが泣きやむまでゆりかごになってくれるのだった。彼の心臓の鼓動は、子守唄の響きのように心地良かった。
怪人の正体は不明だ。尋ねても怪人は首を振った。
しかし、彼の顔の輪郭やくぼんだ目、丸い鼻が、鏡で見る自分の顔にそっくりなのに、あたしは気がついていた。
お父さんが言っていた「あたしそっくりのハトコ」こそ、この怪人に違いない。
そして、怪人こそがあたしの本当のお父さんなのだと、あたしは思うようになっていた。
怪人は、何かの事情で、美しいお父さんにあたしを預けたのだ。
しかし、彼はお父さんに憎まれているから、屋敷のどこかにこっそり身を隠くして暮らしている。成長するあたしを見守りながら。
つまり、あたしには二人のお父さんがいることになる。
あたしは、醜いけれど優しい本当のお父さんが大好きだし、どんなにぶたれても、美しいお父さんをあいかわらず愛していた。
ある夜、美しいお父さんがたいへんなことになって帰って来た。
頬に大きな傷を受けていたのだ。
ドラマのメーキャップをしたまま帰ってきたのかとあたしは思っていたが、お父さんは大声で叫んだ。
「手術に失敗した!今までこんなことなかったのに。全部あいつのせいだ。ちくしょう、ちくしょう!」
お父さんは家族を振り払い、自分の部屋にとじこもった。
ところが、まもなく部屋から煙がたちこめた。
お父さんは部屋から飛び出し、お母さんとお姉さんをしばり上げた。
そして、あたしを捕まえて、屋敷から追い出した。
「おまえみたいな醜い子供はいらない!」
あたしはすぐに理解した。
お父さんは家族と死のうとしているのだ。美しかった顔に傷ができたことを悲観して。
でも、その家族にあたしは入っていない。
あたしはブスだから、お父さんはあたしを家族として認めれくれなかったのだ。
屋敷はあっという間に炎に包まれた。ドアも窓も真っ赤な火に熱く閉ざされた。
あたしは泣いた。最後の最後まで、家族に入れてもらえなかったことが悲しかったのだ。
死さえも分かち合ってもらえない。あたしも家族の一人として、一緒に逝きたかったのに。
突然、二度と開かないと思われていたドアが開き、人がふらりと出て来た。
炎をかいくぐり、あたしのそばへやって来る。
それは例の怪人だった。
彼は火事のまきぞいにあったのだ。醜い顔は炎にただれて二目と見られないほどになっていた。
怪人は、あたしの名前を呼んだ。
口のきけないはずの怪人が、はじめてしゃべった。
しかもその声は、美しいお父さんのものだった。
「最後に聞いてくれ。
おれは、とても醜い男だった。そのせいで人々はおれを忌み嫌い、のけ者にした。
おれはみんなに受け入れてもらいたくて、整形し、美しい顔に生まれ変わった。
人々は醜かったおれだと気づきもせず、大喜びで迎え入れてくれたよ。
もっともっとみんなにおれを好きになってもらいたくて、おれは整形を繰り返した。
美しくなればなるほど人々はおれを愛し、おれは幸福だったよ。
でも、何度整形しても満たされない。多くの人々に愛されているのに、いつも不安なのだ。
美しくあり続けないと愛されないのではないかと、恐ろしかった。
安心を得たいあまりに、とことん美に固執した。美しい妻、愛らしい姉娘、豪華な屋敷、永続的に輝きを放つ自分自身。
ところが、末娘は醜いころのおれそっくりだった。
おれは昔の自分を見るようで胸くそ悪く、また、末娘の存在がおれの正体をばらすのではないかと恐れた。