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出雲は空の国

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「慈悲深き大国主命様は贄を嫌う。よもや骸ともなれば、出雲の神々が最も厭う穢れゆえ、この出雲の地では、贄も殉死も禁じていたはずである」

「もちろん、杵築の民たちにはきつく言い渡してございます。しかし、しょうこりもなく自らを贄として望む者が、時折このように出るのでございます」

「嘆かわしい。この出雲の聖なる地をなんと心得る。その血と骸で汚さんとするは、一体何に魅入られての所業であろう。わしの絵姿が発端であるのなら、焼いてしまえ、忌まわしい」

宮司は決して大宮司の言うことに逆らわない。美しい墨絵を「もったいない」と思いつつも。

「仰せの通りに。死んだ娘の弔いも禁じております。恋山の渓谷でひからびて塵芥となるだけでございましょう。どうせ贄となるのなら、金屋古神の贄となれば良かったものを。金屋古神は、八百万の神々の中で、唯一骸を好む神ゆえに」

弱っているはずの大宮司が、思いがけずに力強く嘆息したため、宮司は驚いた。
「大宮司様、いかがされましたか?」

しかし、大宮司はもとの色のない顔に戻っていた。ただぼそっとつぶやいただけだ。

「恋山は金屋古神の地。金屋古神め、我の空に届かぬことを妬み、娘をたぶらかして、我を骸で汚さんと試みたか。だが、おまえの卑下た笑い声も、この高みまでは届かぬ」

ふと、大宮司は視線に気がつき外を見やった。御簾を上げているおかげで部屋は「空」続きだ。

大宮司は、一羽の黒い鳶を見とめた。同じ場所を輪を描いて飛ぶのが鳶の常だが、この鳶は、翼を縦に羽ばたかせてこちらを伺っている。

野生の鳶にしては熱っぽい不可思議な視線。

大宮司は、横たわったままで、しばらく鳶を見つめていた。空があまりに青いので、大宮司の瞳に色が映っている。その中心に、黒い鳶が浮かぶ。

大宮司は優しく目を細めた。すると、目のふちから瞳の青が溢れた。

やおらに立ち上がり、枕元の弓矢を掴む。

老体に残りわずかなはずの力をみなぎらせて弓を引き、矢を放った。矢はまっすぐ鳶を射抜く。鳶は、まっさかさまに落ちていった。

力尽き、仕えの宮司に支えられた大宮司はつぶやいた。

「我に贄はいらぬ」

キラは落ちていく。傷口から血の雫を青空に振り撒いて。

翼を得たことで何者かに仕返しを受けているような凄まじい重力に、内腑がつぶれていく。

でも、キラは熱い思いに囚われて、もはや痛みを感じなかった。

――あの方が見てくださった。きれいな瞳、あの絵姿の的を目指すお顔そのまま、あたしに見入ってくださった。

問答無用の重力が、キラを地上へ連れて行く。

しかし、キラは、不思議と高揚感を感じていた。

鳶の翼を借りたときより、もっと身体が軽い。熱い心臓の高鳴りのまま、どこまでもどこまで、ついには空の青を越えた世界まで、果てしなく上昇していきそうなくらいに。

鳶は落ちていく。

が、やはり、キラは、空を高く高く昇っているように思ったのだ。



<おわり>




<ごめんなさいのコーナー>

作品中、下記のことは史実や地実にそぐわない、私の創作です。

・出雲大社が90メートルもあった
伝承では90メートルあったとされていますが、実際はせいぜい40メートル。

・恋山と金屋古神
恋山が金屋古神ゆかりの地というのは創作です。たたら場跡と恋山が近いというだけの発想です。

・恋山と風葬
恋山にも出雲にも風葬(鳥葬)の慣習はありません。あったら都合が良かったのですが、そういう事実が載っているありがたい文献を探し出せませんでした。(もしかしたら、風葬はあったりして…)

大宮司の呼び方等々、他にもついた嘘は数知れずですが、まあ、ご勘弁のほどを。
「90メートルは、八雲の山々と並ぶ高さじゃないよ」とつっこまれそうですが、なんせタイトルが「空の国」なので、これもご勘弁のほどを。スンマセン。
作品名:出雲は空の国 作家名:銀子