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夢と少女と旅日記 第1話-1

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「また、驚かせてしまってすみません。でも、もう一つだけ気になることがあったので、聞いていいですか?」と訊ねる妖精の目は、先ほどまでとは違い、真剣なまなざしに見えました。――と言うより、それは私に向けられた疑いのまなざしのようでした。
 何か嘘がバレるようなことを言ったりしてしまったりしただろうか。寸刻考えてみましたが、妖精は私が指輪を嵌めていることには気付いていない様子でした。もし気付いているのであれば、すぐさまそれを指摘したでしょう。
 また、このときも咄嗟に右手をポケットに入れ、隠していました。そして、悟られるようなことを言った覚えもありませんでした。訳も分からず呆然としていると、妖精はこんな質問をしてきました。
「あの、疑うわけじゃないんですが、あなたはどうしてこんな“何もない”ところで、馬から降りていたんですか?」
 ……あちゃー。私は痛いところを突かれたと思いました。確かに妖精がそれを疑問に思うのは当然のことだったでしょう。私たちの周りにあったのは、数本の木と、あとは精々草木が生い茂っている程度。“何もない”のであれば、こんなところで立ち止まる理由はないはずなのです。私は一瞬に返答に詰まり、困窮してしまいました。
「ああ、ちょっと休憩していただけですよ。深い意味なんてありません」とそれでもなんとか誤魔化そうとしてみますが、妖精の目つきは変わりません。
「それなら、もう一つ質問です。先ほどから右手をポケットに突っ込んでいるようですが、片手で手綱を握るなんて随分と器用ですね?」
 ――ああ、誤魔化し切るのは無理か。なら、隙を見て逃げ出す? しかし、妖精は地の果てまでも追いかけてきそうな形相でした。さっさと降参してしまう方が利口かもしれないと、私は判断したのです。
「あー、はいはい、分かりましたよ」と私は文字通りお手上げしました。妖精は、私の右手の薬指に嵌められている指輪を見て、やっぱりなという表情をしました。
「それ、私の指輪です! 嘘吐いて持ち逃げしようとしてたんですね!? 早く返してください!」
「はいはい、ちょっと魔が差しただけですよ。返せばいいんでしょ、返せば」
「なぁ~んで、そんなでかい態度なんですか! 確かに返してくれさえすれば文句ないですけど、反省してくださいよ!!」
 そんなん知るかよと心の中で悪態をついてみますが、そうは言ってもどう考えても私が悪いです。素直に指輪を返して許してもらいましょう。そう思いましたが、簡単には問屋は卸さないようでした。一旦下馬して、指輪を引き抜こうと力を入れてみても、一向に抜ける気配がなかったのです。
「何をもたもたしてるんですか? 早く指輪を――」
「わ、分かってますよ! でも、どうしても抜けないんですって、この指輪!」
「はあ!? ふざけないでくださいよ! そんなこと言ってると、あなたの指を切り落としますよ!?」
「ちょ、ちょっ!? それは勘弁願います! ヤクザになるのは嫌ぁ!!」
 ――などと騒いでみても、妖精が無理やり引き抜こうとしても、指輪は私の身体の一部になってしまったかのように抜けなかったのです。……指痛かったなあ。あの妖精、手加減ってものを知りませんね。
 しばらくそんなやりとりをしていると、その妖精は諦めかけたのか、それとも間が持たなくなったからなのかは分かりませんが、こんなことを質問してきました。
「あなたは、エターナルドリーマーという言葉を聞いたことはありますか?」
 ――エターナルドリーマー。それは2、3週間ほど前から話題になっている人たちのことですね。私も携帯のメルマガニュースか何かで目にした気がします。
 しかし、魔法も便利ですが、科学ってやつも侮れないですね。知りたいことをすぐに知れるのはいいことです。私もお客さんとの会話が弾むように、常にアンテナを張って情報収集をしてるんですよ。
 帳簿をつけるのに便利そうなので、できれば、ノートパソコンも欲しいんですけど、さすがに高いんですよねえ。持ち運びについては、マジックアイテムの四次元袋でできるので気にしなくていいんですが。っと、またまた話がずれてますね。戻しましょう、戻しましょう。
「確か、まるで永遠に眠り続けるかのように目を覚まさない人たちのことですよね。そういう病気の人たちだろうって、ニュースで見た覚えがあります。それが指輪と何か関係でも?」
「大有りです。が、まずは認識のずれを修正しておきましょう。エターナルドリーマーは病気ではありません。彼らは夢魔にとりつかれているのです。夢魔とは、心の弱った人間が見る夢の世界に住みつき、さらにその人間の精神を貪り食っている悪魔たちのことです」
「夢魔、ですか。そりゃ厄介そうな相手ですね。それで?」
「はい。そして、その指輪、――通称ウェイクリングは、天界に住む女神ダイアモンドが作ったもので、普通の人間でも夢の世界へと入ることができるようになるマジックアイテムなのです。女神様は、私たち妖精にウェイクリングを一つずつ託し、下界に降りて強い人間を探すように命じました。人間たちの力を借りて、夢魔たちとその親玉である夢魔ナイトメアを倒すことが目的です。今はまだ、小さなニュース程度の扱いかもしれませんが、放っておけば夢魔の侵攻は、更に激しさを増すでしょう。だから、私はそうなる前に強い人間を――」
「見つける前に、指輪を落っことしちゃった。なるほど、そういうわけですね?」
「うぐ。確かにそれはその通りですが、人の指輪を持ち逃げしようとしていた人に言われるとムカつきます」
「まあ、話は大体理解しました。その女神様自身は、そう簡単に天界を留守にするわけにはいかないでしょうし、他力本願で悪い奴をぶっ倒してもらおうとしているわけですか。世界平和を願う素晴らしい神様です。うんうん」
「若干馬鹿にされている気はしますが、分かってくれたのなら何よりです。ともかく、そういうわけで、その指輪はとっても大切なものなんです! ホントに指を切り落としてでも返してもらいますよ!」
「いや、自慢じゃないですが、私は多分ゴブリンの一撃で気絶しちゃうくらい弱い人間なので、そうしたいのは山々なんですが……」
 しかし、ひょっとして。指輪を一度嵌めてしまったなら、選ばれた人間として認識されてしまって二度と外れないシステムになってるんじゃ。いやいや、その想像は私にとっても嫌なものなので、口にはしたくありませんが。
「しかし、こちらとしても言わせてもらいますが、今すぐ指輪を外せと言われても無理です。指を切り落とせと言うのなら、私もさすがに自分の身を守るために抵抗させてもらいますよ? でも、もしかしたらお風呂で石鹸で洗ったりしたら、するりと抜けるかもしれません。ですので、しばらくの間、私の旅に同行してはもらえませんか? 指輪が外れれば、すぐにあなたにお返し致しますので」
 そう言うと、妖精は悩んだ顔をしましたが、少しして大きく溜息をつきました。
「仕方ありません、ね。指輪を持ち逃げしないかどうかの監視のためにも同行させてもらいますよ」
「あっはははは、やだなあ。そんなことするわけありませんよ」