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還るべき場所・3/3(結

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自分の体すら見えず、方向感覚もない。ただ一点の小さな光だけが見えた。僕は無意識にそこへ向かった。徐々に「それ」は大きくなっていった。近づいているのだ。比較対象のない「それ」の大きさは全くの不明だった。ただ、今僕の感受する白とも虹とも言えない眩い「それ」は、海岸に立ち、水平線を眺めて実感した地球よりも大きく感じられた。太陽フレアやオーロラのように、美しく光の筋が揺らめきながら、覆っている。
 そして「それ」が暗闇を貫く、無限の大きさの壁に見えるようになった時、7回、連続して煌めいた。それは映像、いや魂の記録だった。


一つ。レンガ造りの家。武骨な手。可愛らしい小さな女の子。
  (お父さん、なんか気持ち悪い)
  (どうしたサーラ?…熱があるじゃないか)

二つ。レンガ造りの家。武骨な手。汚いベッドで眠るサーラ。その顔。
  ((この斑点は…?)…そんな…)
  (どうしたの?お父さん?なんで泣いてるの?)
  (…いいや、なんでもないよ)

三つ。レンガ造りの家。痣のあるサーラ。
 (おばさんに怖がられた…お医者様に言うって…)
 (…………(くそぉ)…)

四つ。レンガ造りの家が並ぶ広場。武骨な手。ペスト医師。着替えさせられるサーラ。
 (頼む!!!その子はまだ五つなんだ!!頼むから、連れて行かないでくれ!!)
 (カルロ君、それは出来ない…出来ないんだ…すまない…)

五つ。荒々しく流れる河。自分を抱える男。
 (聖ロクスが許さない!お前を許さない!お前の子が医師になることも許されない!!)
 (お父さん!!いやだ!!)
 (…サーラ、お父さんが一緒だ)
河に沈む自分、いやサーラとカルロ。
 ((誰も悪くないのに…お父さんに生きてほしいのに…苦しい))

六つ。ポテトを買ってくる男。それを席で待つ自分。
 (ありがとう)
 (これくらいで済むなら、まぁいいよ)
 (意外と優しいよね、君)

そして七つ。川べりに立つ自分。悠々と流れる河。自分に手を握られる女
 (この川だよね?)
 (サーラとカルロさん…2人は還れたかな?)
(きっと大丈夫だよ。)


 そして、光の中に結衣を見た気がした。僕はその光の美しさからか、欲求に逆らえず、その光に手を伸ばそうとする。しかし伸ばしたはずの方向に腕は無く、「それ」に照らされるはずの僕の肉体はどこにも見つからなかった。困惑した。僕が僕であることがわからなかった。
すると、「それ」の中から同様に輝く小さな球体が現れた。その球体は「僕」らしきものに語りかけてくれた。

 『ごめんなさい。大沢君。』
 (結衣!?結衣なのか!?)
 『そうだよ。でも違うとも言える。今は結衣という人格を使っているだけ』
 (どういうことだ!?ここは一体!?)
 『混乱してるんだね?ごめん…。きっと私たちがここの光を見せてしまったから、君の中にあった魂も思い出してしまったんじゃないかな?』
 (ここの光ってまさか…夢と河でのフラッシュ?あれはここの光だっていうのか?そして…僕の魂…ってことはここはまさか?)
 『そう。私、いや結衣は、そちらに現れたサーラの魂に影響を受けて繋がりを思い出し、無意識に夢の中で君に伝えてしまった。ここにいる私は結末を知っていたけど、結衣は今井という子を助けたがってたから。だから、少しだけ君の意識に触れてあげちゃったの。ルール違反だけどね』
 (もしかして、最初の夢で、結衣がメモに残した言葉が、僕の夢に現れた訳を話してるの?)
 『あ、そう!それそれ!あ…でも…。んー君は今、結衣の夢を私が改変して伝えたと勘違いしてるけど、それはちょっと違う。最初に伝えようと頑張ったのはまだあっちにいた結衣だよ。言ったでしょ?結衣がシンクロさせてしまったって。つまり私が見せたのは2回目の方。とはいっても君は覚えてないかも知れないけどね。』
 (ええと、僕がおかしいと感じたあの夢は2回目だったのか…1回目は覚えてないけど、やっぱり同時に見ていたのか…)
 『そうゆうこと。それからあなたが今触れた記憶は河での出来事のあと、サーラやカルロ、結衣と呼ばれていた人間の魂が、持って還ってきた記憶。そして最後はあなた自身の。だってここには当然あなたも繋がっているから』
 (僕もつながっている?でも僕はさっきの…あんな場所みたことない)
 『そっちで言う[今]ではね。こっちにとって時間は関係ない。想像するのは難しいかもしれないけど、私たちはそれぞれいろんな所に魂の手を伸ばしているんだよ』
 (わからないよ…頭が痛くなりそうだ)
 『君、今頭無いけどね。あはは。君も知ってたよね?荘子と呼ばれた人の夢の話。あれ間違ってないんだ。どっちもあってた。荘子は荘子でもあったし、こちら側としては同時に蝶でもあったんだ』
 (あははじゃないよ。でも今ので何となくわかった)
 『そう?それはよかった。ちなみにそっちの人の意識がここに気付いたのは、君のいる世界のあの時点では数人しかいない。君超ラッキーだよ』
 (何それ!なんか古いし調子狂うんだけど…)
 『あれそうなの?結衣はこんなだと思ったけど違ったかな?』
 (まぁいいよ、僕は超ラッキ―だし…)
 『あははは。そうだね。まぁ何はともあれ、そっちでの君の人生はもう少し続く。私たちは君たちのような魂に、その世界を堪能して欲しいんだ。そしていずれ教えて欲しいんだよ』
 (……うん、こっちこそ教えてくれてありがとう…)
 『ううん結衣という傷ついた魂が還ってこれたのは君のおかげだもん。でね?君の魂が還るにはまだ早いんだ。あんまり長くいると、君の自我が失われてしまう。というわけで、またあとで来てね。バイバイ。すぐに来れるからさ』
 (え!?ちょ、ちょっと待ってくれ!!ゆ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――キンッ

「それ」はまるで爆縮のように、視界の中心に向かって一瞬で収縮し、消えた。




8月18日 20:30




  ――――――キンッ…
 
車が砂利を鳴らして止まる音がした。ドアが閉まる音も。
 
 「いたぞ佐藤!!!二人共一緒だ!!」
 「おい!!!大丈夫か大沢!!!今井さん!!!!」
 「柳田!!救急車だ!!」
  (―――ありがとう)
 「今救急車呼ぶからな!!頑張れよ!!??」

遠くで佐藤と柳田の声が聞こえた。多分幻だと思うが、結衣の声も聞こえた気がした。いつの間にか河岸に辿りついていたらしい。とにかく、僕も今井さんも助かったようだ…。

 (今のは……一体……)

安心した所為か、ついに僕の体力も精神力も力尽きた。




8月19日 10:20




 生きているのか?気が付くと、そう思いながら僕は白い天井を見つめていた。僕と今井さんは隣通しで、どこかの病室にいるらしい。横目で見ると、今井さんはまだ眠っていた。あの時今井さんを覆っていた黒い痣はもう綺麗に消え去っていた。僕は再び目を閉じて、昨日起こったことやあの場所を思い出し、つなぎ合わせた。
 
作品名:還るべき場所・3/3(結 作家名:TERA