還るべき場所・3/3(結
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ
その音は、カルロが「こちら側」に現れていることを示していた。
(もっと下流か!?でもそう遠くない!!!!)
僕は転がった原付に駆け寄った。無残にもハンドルは折れ曲がり、フロントフォークは捻じれているようだ。そして辺りにはガソリンの匂いが漂っている。
「駄目か!!」
馴染みのある原付を諦め、下流へ向かって走り出した。間に合ってくれ、その一心だった。
8月18日 19:55
肺と気管が痛んだ。脇腹の痛みも治まらない。傷の所為か、膝も力が入らなくなってきている。だが、あの音はなり続け、その主は確実に近づいていた。徐々にあの夢で聞いた振動数に近づいてきている。僕は走りとも歩きとも言えない速度で動き続けた。一歩進むごとに、頼む、と願いながら…。
もう完全に「夜」なり、いつの間にか住宅街を離れ、田畑の広がる地帯にいた。辺りは街灯もまばらで、暗闇が広がっている。まだなのか!?そう嘆いたときだった。河のほとりに黒い影が見えた。ゆらゆらと中腹へ向かっている…!!ついに彼女と出会えた。その瞬間、振動の圧力が急速に高まった。
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
まるで、彼女を救おうとする僕に怒りをぶつけているかの様だった。
「駄目だ!!!そっちに行っちゃ駄目だ!!!!今井さぁあああん!!!!!」
声は届いていないのか、かき消されているのか…。僕は土手を滑りおり、河岸を駆け抜けた。ようやく彼女を人と認識できる距離まで近づくと、僕はぞっとした。夢で見たあの彼女はすでに黒い痣だらけで、生気の無いその目は瞼を半分開けたまま、まるで眠っているかのようだった。僕に気付く様子も無く、ただゆらゆらと少しずつ深みに進んでいる。
「今井さん!今井さん!!頼む戻ってきてくれ!!!」
(駄目だ、届いてない…直接止めるしかない!!…でも彼女に触れたら自分も…)
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
恐怖を振り払い、彼女の前に立った。もう腰まで水が来ている。迷っている暇など無かった。一度流され始めれば止められない…!そう決意した時、彼女の揺らめく頭越しに、白いマスクの男が立っているのが見えた。
(…カルロ………!!!)
結衣から酸素マスクが外された瞬間がフラッシュバックする。怒りが溢れだし、歯を食いしばった。
(…絶対に止めてやる!!!!)
彼女の腰に腕を回し、肩を腹に当て、押し返す。しかし、まるで一人で巨木を倒そうと馬鹿な挑戦をしているようだった。全く動かない。むしろ押されたのは僕の方だった。そして、「こちら側」では見えなかった霧が流れ込む感触と共に、腕、肩、そして全身へと痛みが走った。激しい倦怠感と吐き気、眩暈。
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
振動はさらに高まっていく。昼間の夢が現実になるのが近い。終わりを迎えることを示すようかのように涙が溢れした眼を、やつに向けた。
(ちくしょう…!!あの野郎!!!!)
その瞬間――――――――そこに新しい大きな影が現れるのを見た。
8月18日 20:00
その影は二つに分かれ、徐々に形を成していった。いや、「徐々に」は間違いかもしれない。恐らくは一秒もかかってはいなかっただろう。僕の感覚は引き伸ばされていたのだと思う。それは二人の少女の姿を形づくり、色を与えた。あの日、いやつい一昨日、担架の上で終わりを迎えた結衣の姿だった。あの時は直視できなかったが、寝間着なのか、花柄の薄いエメラルドグリーンのワンピースを着ている。そしてそれでは隠し切れない首回りや、顔、腕、ひざ下…そこに見える痛々しい痣。彼女は右手に少女の手を握っていた。結衣と比べて50cm程か、身長差があり、結衣よりも少しうす暗く、見えにくかった。赤っぽい髪、綺麗な白い肌、歪で不釣り合いな大きさの薄汚れた白いワンピース。二人はこの闇の中、くっきりと明るく浮き出て見えた。そこに見えているのに、ここには居ないかのような…明らかに異質な感覚。彼女らが光を発しているわけではなく、何かに照らされているような…。
「……結衣ぃぃぃ!!!!!!!」
心からその声が出てきた。目から溢れ出る液体に、自然な自らの涙が混ざり合った。結衣がこちらを見つめながら、笑顔を作った。きっとそこには小さく可愛らしいえくぼができていることだろう。
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
結衣が手を引いているその小さな少女に、奴が気付く。瞬間、僕を分解しかけていた振動が緩まった。巨木だった今井果穂をゆっくりと、まるで自動車を手押しするようにゆっくりと、押すことが出来るようになった。
(何が起きてる!?あの少女は誰だ!?)
疑問はいくらでもあったが、僕の体力は限界だった。もう長くは意識を保っていられないかもしれない。一方で、カルロはその少女に目を奪われていた…。結衣は少し背の高いカルロに向けて指をさした。
―――――そして、彼の白いマスクの先に触れた。
一瞬だった。結衣の指先が触れた瞬間、白いマスクは先から黒く変色していき、全身を染め上げ、元々黒かったコートが漆黒へと変わった。まるで炭化したかのように。そしてあの重低音が周波数を上げ、キーンという高音に変わっていく。
(何だ!?)
そう思ってカルロに視線を戻す。彼は手足から霧へとかわり、まさに霧散しつつあった。僕は激しい眩暈によって薄れゆく視界の中で何とか最期を見逃すまいとした。カルロが頭と体のみとなったとき、少女と結衣、カルロから眩い光が連続して煌めいた。5回か、6回か…。白とも虹とも言えない、暖かな、強烈な光。
(…またこの光…見たことがある…夢の中と…それから、それから…)
そしてカルロが光と共に爆発的に拡散するのをしっかり見届けた。
(…今度こそ終わっ――――
?月?日 ??:??
!?)
僕は暗闇に浮いていた。何が起きたのかわからずに辺りを見回す。完全な闇。
(僕は気を失ったのか!?いや確かに意識は連続していたはず…??)
作品名:還るべき場所・3/3(結 作家名:TERA