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還るべき場所・3/3(結

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それは当時のペスト医師が身に着けていた、感染防止のための黒いコートと帽子、そして鉤状の、くちばしのような突起が付いた形の白いマスクだ。彼らはその鳥のような姿によって、感染を防げると信じていたらしい。
頭の中を様々な記憶が駆け巡った。それなら夢の白いカラスの男はアパドだったのか?アパドは感染の拡大を防ぐ為に現れたのか…。

 (結衣は自ら死を選んだんじゃなかったのか?アパドによって川へ隔離されたというのか?…)

違和感があった。なぜなら中谷さんに伝え聞いた話ではアパドは有無を言わさぬ隔離に対し心を痛め、ベルティノッティ親子を惜しんでいた。だからこそ医師をやめた。そのアパドが現れるとは思えない。では何故ペスト医師の姿をした者が感染した結衣を連れて行く?

 (聖ロクスが許さない。お前を許さない。お前の子が医師になることも許されない)

カルロしか考えられなかった。カルロや、サーラなどの黒死病患者にとって、感染の有無を伝え、隔離を強制するペスト医師はまさに死の象徴だったに違いない。カルロにはあの時代のペスト医師の姿が強烈な印象として残っていたはず。それならば、サーラを使って結衣に感染と隔離の恐怖を与えるために、あの姿で現れても不思議ではない…?

 (けれど何故今井さんにまでカルロが関わるんだ?パンデミックが目的でないなら今井さんを連れて行こうとするのは何故だ!?…とにかく今井さんが危ない!!)

僕はベッドの脇に投げてあった携帯に飛びつき、今井さんの番号に電話を掛けた。しかし、コール音が聞こえてこない。その代わりに割れた重低音が聞こえている。…電話はすでに何かに繋がっていた…。

 「今井さん!無事ですか!?今どこに―――」

 「ブブ…ブブブ彼の者の肉体ブブブと魂はブ…家族の元へブブと帰った…
   ブブブブブブ許されないブブブブブブブブブブブブブブブ…ブッ――――」

「繋がり」はそこで切断された。

 (そんな…!!!もうすでに…………いやまて…)

『彼の者の肉体と魂は家族の元へと帰った。許されない』良く考えろ。頭を働かせろ。僕はそう復唱した。やつが言い放った言葉はおそらく結衣のことを指している。結衣が伝えてきた理由を考えれば、今井さんの命はまだ無事のはずだ。そう願うしかない。落ち着け…。結衣がやつに溺死させられたのか、自ら身を投げたのかはわからない。『肉体と魂が家族の元に帰る』とは、結衣の遺体が回収されたことを意味するのか?それを許さないと言っている…。つまり奴は結衣が水の底で孤独に朽ちていくことを望んでいたのだ。
ようやく分かった。カルロの目的は、サーラと自らに課せられた孤独な死の追体験だった。

 (奴は結衣が母親に看取られたから、今井さんを使ってやり直すつもりなのか!)

 「くそぉ!!!」

僕は両手を地面に叩きつけた。…だがそんなことをしている場合では無かった。今井さんを助けなければ…。それが結衣の最後の願いのはずだ。

 僕は干してそのままになっていたTシャツに着替え、ジーンズを履き外へ向かった。今だに雨は降り続いており、いつもよりどんよりと薄暗く感じられる。原付に跨り、ふと思った。
 (一体どこへ向かえばいい?)
今井さんのアパートは分からない。ほぼ間違いないのはあの河に向かうということだけだった。一人では止められないかもしれない。そう思った僕は佐藤に電話をかけ、繋がると同時に話しだした。

 「お――」
 「佐藤!!!今すぐ今井さんを探してくれ!!」
 「え?何どうしたんだよ?今井さんってあの柳田の――」
 「頼む!!今説明する暇はないけど、とにかく彼女が危険なんだよ!!恐らく河沿いのどこかにいるはず…!!」
 「…わかった、柳田にも伝える…!!」

佐藤はただ事でない雰囲気を察してくれたのか、慌ただしく動く物音を伝えながら電話を切った。僕は携帯の着信音を最大にして、濡れないようスクーターのシートの下に放り込み、代わりにメットを取り出した。
 (まずはあの教会の裏!!)

 雨粒が僕の頬や額で弾け続けている。まるで熱い油が肌に跳ねる様に、チクチクと痛んだ。瞼も開けていられない。あの痛みはどんな感じだろうか…今井さん…。教会までのほんの10分が1時間にも感じられた。
 (なんで…こんなにも遅い!!)
教会裏の土手へと上る短い坂を、上りきった瞬間ブレーキをかけた。ザザーッとタイヤの下の砂利が音を立てる。
 (どこだ!?どこにいる!!??)

 「今井さぁああん!!!!」

辺りを見回しながら、叫ぶ。2度目、3度目…。ただただ雨音と河が荒々しく流れる音が続いている。トラックの排気音とクラクション、遥か遠くを走る電車のレール音、それと遠雷。返事はない。姿も見えない。今度こそ当てが外れた。
 (佐藤!佐藤の方はどうなってる!?)
シートの下から携帯を取り出し、佐藤にかけた。

 「佐藤!見つかったか!?」
 「駄目だ!!今大手橋の上にいるけど、この近くにはいない!!ていうかもう薄暗いし、雨で遠くまで見えねーよ!もう少し上流を見に行ってくる!!」
 「…わかった。じゃあ俺は下流だ!もしそこに柳田がいるなら、そこから下流に向かってもらってくれ!」
 「いるよ伝える!じゃあな!」

その橋は僕のいる場所から500mほど上流にあった。焦燥感のなか再度原付に跨り、暗い土手の砂利道を下流に向かって走り出した。河向かいの家々に少しずつ明りが灯っていく様をカウントダウンのように感じながら。300mほど進んで越野大橋を越え、さらに500mほど進んだ時だった。僕の視線は、雨粒で騒がしくも暗い水面に向けられていた。その砂利道の凹みを横目で影として認識したときにはすでに手遅れだった。ドッという荷重を感じた後、原付のエンジンが回転を上げ高音を響かせた。そして重力がなくなり、僕の体は宙を舞った。



 「――――………つっ!!」

 自分がどこにいるのかわからなかった。遠くを右から左から光が動いている。寒さと体中の痛み、そして眩暈、耳もおかしい…。あれは橋の上を走る車だとわかった。そうか、転倒したのか…そう理解した僕は両手の親指から小指、そして足の親指から小指と順に曲げていった。
 (大丈夫だ、神経はいかれてない…)
少しずつ、体を起こした。…幸い、骨に異常は無いようだった。だが両膝と、右手首から肘にかけての外側に大きな擦り傷があるようだ。頭も打ったのか、眩暈がする。耳もおかしかった。
 
 (耳が聞こえない……――――――――耳鳴りが……?)

――――ヴォヴォ…ヴォヴォヴォヴォ…ヴォヴォヴォ…

僕は目を細めながら、雨の止まない暗い空を見上げた。それは耳鳴りでも遠雷でも無かった。空が振動していた。

 (この音…!?)

自分はまだ気を失っているのか…夢でも見ているのか…?そう呆然と立ち尽くしている内に、徐々に正常な思考が戻ってきた。自分がそこにいた訳をようやく思い出した。腕時計を見ると19:40を指している。気を失っていた…。

 (くそ!!!…もう始まっているのか!?)
作品名:還るべき場所・3/3(結 作家名:TERA