還るべき場所・3/3(結
適当にテレビを見ながらダラダラしている内に8時になっていた。起きるのが早すぎたせいか、疲れているのか、また眠くなってきた。バイトも無いことだし、ここは学生の特権を使わせてもらおう。そしてベッドに横たわった。
8月18日 16:20
また、夢を見た。
「お腹すいたし、ちょっと寄って行こうよ!」
そこは高校のころよく帰りに行っていた、駅ビルにあるチェーン店のバーガー屋だった。その日は結衣と二人で帰っていたようだ。夢の中の僕は高校時代の僕の右後ろ、その少し上空から俯瞰していた。こういう夢を明晰夢と言うのだろうか…僕はこの光景が夢であると知っているし、きちんと考えることが出来た。疲れていたし、変な時間に眠ったせいか…
二人はまず席を取った。高校の指定バッグを席に置いてから、カウンターに向かった。
「えと、じゃあ私ごぼうバーガーとコーラで。」
「え?…あっええと僕はチーズバーガーとアイスティーで。」
思い出した。この日、確か結衣が青木純也に告白された日だ。それでその相談の続きをするために結衣は僕をここに誘ったんだった。懐かしい気持ちで胸が一杯になる。結衣はクォーターだったから、髪は生まれつき少し赤みがかった焦げ茶色だった。そして細くて緩やかな癖のあるその髪を真ん中分けにしていた。白い肌で、丸く滑らかな額が綺麗だった。筋は通っているが日本人らしい低くて小さい鼻、茶色い瞳、笑うと現れるえくぼ。
(ああ、本当によく覚えている)
(なんだよ、ごぼうバーガーって)
「なんだ、ごぼうバーガーって」
(知らないの?美味しいんだから)
「知らないの!?美味しいんだから!!」
笑える。記憶は実は全て残っているってやつか?そう思った。二人は席に戻って向かい合って座った。
(それでどうしたらいいと思う?)
「それで、どうしたらいいかなぁ」
確かこの時、僕は相当な葛藤があったと思う。
(奴が好きなら付き合えばいい。違うなら断れば?)
「あいつが好きなら付き合えばいいんじゃない?違うなら断れば?」
(それじゃ答えになってないじゃん。ていうか覗いてたでしょ)
「それじゃ答えになってないじゃぁん!ていうか覗いてたよね?」
ギクッとした覚えがある。まさかばれていたとは…と。
(ポテトで許します)
「ポテト…ポテトで許します」
(はあ?わかったよ)
「はあ!?……わかったよもう…」
律儀にポテトのMを買ってくる僕。そこはSでいいと言ってやりたい。
(ありがとう)
「ありがとう」
(これくらいで済むならいいよ)
「これくらいで済むなら、まぁいいよ」
(なんだかんだで優しいよね、君)
「……違うの…ごめんね…」
(あれ?)
そう違和感を感じた瞬間、夢の中の結衣と目があった…。ほぼ同時に、白とも虹とも言えない眩しいフラッシュが彼女から放たれた。
(う…!なんだ!?)
いつの間にか、バーガー屋ではなくどこかの廊下に移動していた。
(さっきの光…どこかで…いやもっとずっと前…?)
そして気付いた。そこはあの―――赤い絨毯の廊下だった。ヨーロッパ調の装飾の施された美しいホテルの廊下。長い廊下にはいかにも高級そうな赤いカーペットが。壁にはアンティークのブラケットが規則的に優しい光を。廊下は緩やかなカーブを描いている。部屋の入り口からは先が見えないほど長い。
(―――同じだ……!)
部屋のドアには204の文字。
(また結衣の部屋にリンクしている!)
部屋の中からか、何か聞こえてくる。
「―穂――ん!果穂――起き―!!!」
その時、何かが始まる合図のように、あの音が響きだした…
―――ブブ…ブ…ブブブブブ……ブブブブブブブブブブブブブ
そして勢いよく扉が開かれた。扉がこちら側に開かれていて、ドアの向こう側がみえない。
「ごめん!!!今すぐ帰って!!!!!」
(結衣の声だ!!!)
そして一人の女性が突き飛ばされるように、強引に押し出され、そのまま廊下の壁にぶつかった。
「ちょ…!結衣!!??なんで!?どうしたの!?」
そう叫びながら、部屋に戻ろうとしている。しかしドアの向こうの結衣は彼女をまた押し出した。
「お願い!!お願いだから!!!今すぐ離れてぇえええ!!!!!」
その時、はっきりと見えた。ドアから一瞬見えた結衣の腕。その腕は黒い霧に覆われ、手首に向かって螺旋を描いている…そして、肩を押され追い出される女性に霧が…流れ込んだ――――
そしてドアは閉じられた。
…あの音が、ついに全てを震わせた。
―――ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
激しい振動でまた視界が霞む。眼球や、耳の奥、喉、肛門、ありとあらゆる穴から体液が溢れだしそうな感覚。脳が溶けるような振動。
(…あの…時の…夢と一緒だ…!!!…ということは…つまり…!!!!!)
長い廊下を液体の溢れる眼で見据える。霞むその先には、あの女性と…あの白いカラスの顔の男がいた…。
気を失う寸前、再度204のドアが開く。そして現れる黒い霧にまみれた女。その女、いや…結衣は、傍に置いた藍色のキャリーケースを指さし、僕を見据えて確かにこう言った。
「…まだ…終わってない……」
そして気を失う瞬間。僕の体は蒸発した。
8月18日 16:30
「…………はっ!!」
まるで水底からようやく水面に辿りつき、大きく息を吸い込むかのように、僕は覚醒した。呼吸は荒く、激しい頭痛がする。たった数秒前、僕の体液は確かに溢れ、そして蒸発した。ベッドから飛び起き、鏡を確認する。…青白いがいつもの見慣れた自分の肉とその形を維持していた…。生きている…。
(また、結衣が伝えてきた…?あれは16日に結衣が目を覚ましてから、今井さんを
追い出したシーンか!!!!)
今井さんとの会話を思い出した。
(あ、いえ…そうだ、良かったら一緒に探してもらえませんか?
アパートも見に行きたいですし)
(ええ、でも…実は私も今朝から、夏風邪こじらせたらしくて、布団の中なんです)
今井さんは、あの時もうすでに感染していた…
僕は声にならない悲鳴をあげた。まだ終わっていなかった。まだ終わっていなかった。
(いったいどうしたら今井さんを助けられる…!!?)
あの夢を辿ろうとした時、僕が消え去る瞬間の結衣がフラッシュバックした。キャリーケース…!僕は結衣のキャリーケースをまるで獲物を食い漁る獣の様にぶちまけた。たくさんの服と下着が一帯に散らばっていった。その中で、一度だけ、ゴンッという重い落下音が聞こえた。それは一冊の歴史本だった。『中世ヨーロッパ~戦争と疫病の歴史~』そのとあるページに付箋が貼ってあった。そこには当時のペスト医師の外観が描かれていた…
――――――奴が…いた…
作品名:還るべき場所・3/3(結 作家名:TERA