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還るべき場所・1/3

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 15分ほど部室の外で待っていると、佐藤が茶髪の男と一緒に歩いてきた。僕らは軽く挨拶と自己紹介を済ませると、本題に入った。柳田は佐藤にも聞かれたようで、結衣は見たことはあったようだが、それほど親しいわけでは無かった。しかし、いつも彼女と一緒にいる今井果穂という女の子を教えてくれた。
 柳田はいいやつだった。少なくとも佐藤よりはずっと。彼は今井さんの番号を教えてくれた上、僕のことを紹介してくれた。茶髪には意外といいやつが多いという僕の持論はまたもや当たったようだ。

 「もしもし、今井さんですか?今柳田君から紹介してもらいました、大沢です。」
 「あ、はい。よろしく…お願いします…」
 「それで、中谷結衣さんのこと、何か知りませんか?」
 「結衣なら一昨日から熱出して休んでますよ? 心配なので結衣のアパートで昨日もずっと一緒でした。それで…夜に電話が掛かってきました。」
 (…結衣のお母さんの電話か。)
 「お母さんからだったようで、今からお母さんが来てくれる。そういって喜んでいました。」
 「そうですか。実は彼女今どこにいるか分からないんです。夜中に出て行って、それ以来携帯も繋がらなくて…」
 「…え?行方が分からないって…どうして!?結衣、大丈夫なんですか!?
  …あ…ごめんなさい。」
 「あ、いえ…そうだ、良かったら一緒に探してもらえませんか?アパートも見に行きたいですし。」
 「ええ、でも…実は私も今朝から、夏風邪こじらせたらしくて、布団の中なんです。」

彼女はそう言って恥ずかしそうに少し笑った。アパートの住所だけでも、と頼んでみたが、彼女は散々悩んだ挙句、教えてはくれなかった。見たことのないどこかの男に親友の女の子の住所を教えるはずもない。結衣が友達に恵まれていうようで良かった。

 (しかたない…)




8月16日 17:50




 結衣のアパートは大した距離ではなかったが、たどり着くまでにかなり時間を食ってしまった。
今井さんの友人愛のおかげで、結局結衣の母に電話したのだった。中谷さんは近くのビジネスホテルに泊まっていたそうで、結局アパートで落ち合うことになったのだった。

少し遅れて、中谷さんは車で到着した。どうやら自家用車でここまで来たらしい。直接会ったことは無かったが、結衣によく似ていて一目でわかった。とても40代とは思えない。エスニックな雰囲気のある美人だ。
「中谷さんですか?僕、大沢です。」
「あ、はい結衣の母で、中谷レナータです。この度はご迷惑お掛けして…」
そうだった。結衣がクォーターだから、結衣のお母さんはハーフか…どおりで独特な雰囲気があるわけだ。
「いえいえ、いいんです。僕も心配になってきて…探すのを手伝わせてください。」
「いいんですか?有難うございます…」
そう言って、中谷さんは深々とお辞儀をしてくれたが、照れくさかった。
「とりあえず、中でお話しましょう。」
中谷さんはそう言うと、カツカツとヒールを鳴らしながら、階段を上っていった。僕もその後に続いた。結衣のアパートは思ったより古く、2階へ通じる階段も、赤いペンキがはげ、所々錆びが目立っていた。階段を上ると、田舎で田畑が多いせいか意外と遠くまで見渡せた。大学のキャンパスや河沿いの教会…

 「ここです。」

不意に中谷さんが立ち止まった。彼女の前の扉には204号室と書かれている。中谷さんは、どうぞ、と言いながらドアを開けた。


瞬間、強烈なデジャヴに襲われた。僕の極普通の頭が、見たことがあると連呼している。そんなわけない。このアパートもこの部屋もきたのは初めてのはずだった。だが…既視感は留まることを知らなかった。玄関に入ると左側に少し錆びの浮いたステンレスキッチン、短い廊下、その先にベッドが1つ見える部屋、そして真正面の最奥にあのクローゼット…まさかと思い、バラバラと靴を脱ぎ捨て、飛び込むようにクローゼットの右壁面をみた。窓だ……間違いない。あの夢の部屋だ…。愕然とした。生まれて初めて「驚愕」を味わった。体が…動かない…。

 「―――沢さん!?大沢さん!?」

中谷さんの声でようやく我に返った。

 「大沢さん…汗が…」

体中から汗が吹き出したらしい。額から流れる出る汗が、あご先からポトリと床に落ちた。その日着ていたのはお気に入りだったのだが、何のためらいもなくそのTシャツで汗を拭った。中谷さんはバッグからお茶のペットボトルを取り出し、飲みます?と言って渡してくれた。
僕はお茶を口にしてようやく冷静になれた。中谷さんは少し怪訝そうな顔をしていたが「珍しい作りですねー。それにしても暑い。」と言って笑ったら、ごまかせたようだ。たぶん。

 僕らは、エアコンを入れ、可愛らしいガラスのテーブルを挟んで、白い座布団に腰を下ろした。ようやく本題に入れそうだ。中谷さんが切り出した。

 「娘とは、よく電話で話していまして、特に問題があるようには思えなかったんですが…13日の夜からずっと熱が続いていたらしいので15日の20時頃、ここへ向かうと伝えたんです。それで、私はすぐに車で家を出ました。もうここまでの電車はありませんでしたから。」
 「それで、4時頃にこちらに着いたんですね?…」
 「はい、そうです。4時少し前だったかと…着いた時にはもう携帯もつながりませんでした…念の為、今日近くの病院を全てあたってみたのですが、どこにも搬入されていません…」
 「そうですか…今日、結衣さんの親友の今井果穂さんと話をしました。今井さん結衣さんが心配で夜までずっと一緒だったそうです。中谷さんから電話があったことも知っていました。今井さん曰く結衣さん喜んでいたそうです…」

一応、中谷さんに今井さんの携帯番号を渡した。

しかし、僕はどうにも違和感を抱いていた。いや、やはりおかしい。大体中谷さんは朝4時に電話してきた。熱があるからといって、二十歳過ぎの娘がアパートに居ないだけで、そんな非常識なことをするだろうか?
思い切って聞いてみた。

 「なぜ、そこまでご心配なさるんです?不快に思っているわけではないのですが、僕に朝4時に電話をかけるほどの事態とは思えないんですが…」
 「それは……私が行くと伝えたのに出て行ったこともそうですが…無いんです。」

そう言って指差したのは、クローゼットだった。確かに…服が一つも無い。

 「…服がない…ですね。」
 「ええ、私が来た時にはもう…それからキャリーバッグも…」
 (!?)

あの夢が鮮明に浮かび上がった。

―――僕が洋服をキャリーバッグに放り込んだ…それから、それから…

馬鹿な若者がバイクのエンジンをやたら吹かす音が聞こえた。遠くで救急車のサイレンの音が聞こえた。アパートの下の道をトラックが走り抜ける音が聞こえた。カラスが鳴いた。

もう疑いようが無い。

―――あの夢と結衣の失踪には何か関係がある。




8月16日 19:40



作品名:還るべき場所・1/3 作家名:TERA