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海ほたる~どこか遠くへ~【My Godness完結編】Ⅲ

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 あんなに子どもが好きなのに、眞矢歌は一生涯、子どもを持てないのだ。
 海神の祭の日、眞矢歌と浜辺でめぐり逢った。あのときも漠然とは感じたことだけれど、何故、自分が眞矢歌に惹かれたのか、今なら悠理は、はっきりと判った。眞矢歌の中の孤独と悠理自身の抱える孤独は全く同じ質のものだった。そんなのは互いの傷をなめ合う関係といわれてしまうかもしれない。
 しかし、言いたい者には言わせておけば良い。初めて競り市場に行く途中で眞矢歌に逢った時、何故、あんなにも心が震え、彼女から眼が離せなくなったのか。もちろん彼女の美しさそのものにも魅せられたのは間違いないが、それ以上に、二人の中の孤独な魂が呼び合ったのだともいえる。
 同じ孤独を抱える者同士が運命に導かれるようにして出逢い、恋に落ちた。
 ほどなく、眞矢歌が駆けてきた。
「悠理さん」
「オッス。お疲れ」
 悠理は片手を上げた。
「いつからここに?」
「うーん、三十分ほど前かな」
「そんなに前から? 声をかけてくれたら良かったのに」
「いや、保母さんしてる眞矢歌さんを見るのも悪くはなかったしね」
「いやだわ。ずっと見られてたなんて、ちっとも知らないで。恥ずかしい」
 少女のように頬を染める眞矢歌を可愛いと思う。
「もう仕事は終わり?」
「ええ、後は事務室に荷物を取りにいけば、すぐに帰れるわ」
「じゃあ、このまま待ってるから、俺」
「そう?」
 眞矢歌はまた走って、園舎の方に戻っていった。
 五分後、眞矢歌がまた息を切らせて戻ってくる。
「そんなに急がなくても良いのに」
 悠理が笑うと、眞矢歌は微笑む。
「悠理さんと早く帰りたいから」
 その科白に、悠理は噎せた。
「おいおい、そういう可愛すぎる言葉は反則だぞ。そんなことを言われたら、抱きしめたくなるじゃないか。俺が狼になって食べられても良いのか~」
 悠理がわざとおどけて噛みつく真似をすると、眞矢歌は声を上げて笑った。
「いやあね、悠理さんったら。私は悠理さんを信じてるから、大丈夫」
「そんなことを言って良いのかな? 俺だって男だからね、いつ狼に変身するか判らないよ? 何なら、今晩辺り、試してみる?」
「なっ、冗談でからかうのも良い加減にしてよね」
 眞矢歌は頬を染めて、身も世もない心地である。
「ねえ、早く式を挙げようよ。俺、早く眞矢歌さんを抱きたい」
「ゆ、悠理さんっ。一体、何てことを言うの!」
 眞矢歌はますます紅くなる。
「だって、俺、知ってるんだもの」
「えっ、な、何を?」
 秘密の悪戯を見つけられた子どものように、眞矢歌が焦りを見せる。
「ほら、いつか産婦人科の前で俺を抱きしめて慰めてくれたでしょ。あの時、眞矢歌さんの胸が結構でっかいのに気づいちゃったんだ。だからー、早く式挙げて正式な夫婦になって、あの大きな胸に顔埋めて―」
「悠理さん!」
 眞矢歌が叫ぶのと、パッチーンと悠理の頬が鳴るのはほぼ同時であった。
「い、痛ぇ。また、殴ったな、この暴力女」
「だって。悠理さんが悪いのよ。そんな意地悪なことばかり言うから」
 眞矢歌はうっすらと涙ぐんでいる。流石に悠理も慌てた。
「ごめん、ごめん。別に泣かせるつもりじゃなかったんだ。っていうか、それくらいで別に泣かなくても」
 必死で眞矢歌の機嫌を取る悠理である。
 二人はしばらく並んで歩いた。
 いつしか空は菫色に染まり、幾分ふっくらとしてきた月が出ている。満天の星が手を伸ばせば届くほど近くに煌めいていた。
 ただ黙って二人並んでいるだけでも、気まずさなど微塵もなく、むしろ心地よい静けさがある。それは二人の間に通じ合うものがあるからだ。理解し合える者同士の空間に生まれる独特の居心地良さが二人を包んでいる。
 悠理は誰にも感じたことのないような親密感を眞矢歌と共有しているように思えた。
「眞矢歌さん、子どもが好きなんだね」
 唐突に沈黙を破った悠理に、眞矢歌が眼を瞠る。
「ええ。大好きよ」
 眞矢歌は頷くと、少し思案げに形の良い眉を寄せた。
「自分が子どもを持てないと知った時、この仕事を選ぼうと思ったの。どうせ我が子を育てることができないのなら、せめてその代わりに他所さまの子どもでも良いから、育ててみたい。その成長を側で見守れるような仕事ができたらって。それで、独学で勉強してこの資格を取ったってわけ。今、担任してるのは年長さんだけど、とにかく皆、やんちゃで可愛くて。うさぎ組二十五人の子どもたち全員が私の子どもだと思ってるの」
 自分が子どもを持てないから、せめてその代わりに他人の子どもでも良いから、育ててみたい。
 その科白は悠理の心を烈しく揺さぶった。同時に女への愛しさが込み上げ、たとえ何があっても、この女を守ってやりたいという強い想いが湧き上がった。
 悠理が黙り込んだのを眞矢歌は誤解したようだ。
「でも、それって、おかしいかしら。ある意味、現実逃避よね」
「そんなことはない」
 自分でも予想外に大きな声で出て、悠理は狼狽えた。
「あ、いや、そんなことはないと思うよ。眞矢歌さんは頑張り屋だもんな。俺も眞矢歌さんに負けないように頑張って、一人前の漁師にならなきゃ」
 と、ふいに悠理は眞矢歌のほっそりとした首に眼を止めた。眞矢歌の首には銀のチェーンについた小さな十字架が掛かっていたのだ。
「眞矢歌さん、そのネックレスはいつも付けてるのか?」
「え、これ?」
 眞矢歌が不思議そうな顔でネックレスに触れた。
「うん、十字架のネックレス」
 ああ、と、眞矢歌は納得したように微笑む。
「これは、いつも付けてるけど、それがどうかしたの?」
「へえー、今まで気づかなかった。もしかして、眞矢歌さんって、クリスチャン?」
「ええ、まあ、そう」
 眞矢歌は少し恥じらうように頷いた。手慣れた様子で首の十字架を外すと、手のひらに乗せる。
 十字架は二センチくらいの大きさで、何かの石でできているようである。薄紅色のなめらかな美しい石だ。
「何かの石でできてるのかな」
「インカローズ。別名をロードクロサイトともいうの」
「天然石か、今、流行りのパワーストーンっていうヤツだね」
「そうそう、インカローズの石言葉は過去を浄化して、未来の幸運を招くって意味があるのよ」
「眞矢歌さん、よく知ってるんだ」
「そんなに詳しくはないけれど、趣味で天然石のアクセサリーとか作るから、一応ざっとは知ってるかも。時々は友達に頼まれて作ることもあるの。将来は小さなお店とか開いて、自分の作品を売れたら良いな」
「それ、凄いじゃん。良いよ、良い。じゃんじゃん作って、売れば良い。その中、売れっ子ジュエリーデザイナーになれるかも」
「まさか」
 眞矢歌は笑いながら手を振る。
「クリスチャンになったのは、いつから?」
 その質問に対しては、眞矢歌は少し考え込んだ。
「そうね、母が熱心なクリスチャンだったから、私も小さい頃から母と一緒に教会に行っていたの。昔はこの町に小さな教会があってね、そこに通っていたわ。でも、牧師さまが歳をとって亡くなってしまってから、無人になってしまってたのよ。すっかり荒れ果てたから、十年前くらいに取り壊されたの」
 眞矢歌は心底残念そうに言った。