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海ほたる~どこか遠くへ~【My Godness完結編】Ⅲ

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「君にあんなことを言っておいて、おめおめとここにいられるわけないだろう。それに、俺も男だしね。別に君に無理に迫ろうとか、そんなつもりは毛頭ないけど、やっぱり、一つ屋根の下で暮らすのはまずいと思うんだ。俺自身、このまま君の家に居候し続けて、君に何もしないでいるという自信はないし、保証もできない」
「漁師になるという気持ちは、もう棄ててしまったの?」
「仕方ないさ。所詮、ここにも俺の居場所はなかったってことだから」
 やっと見つけたと思った安息の場所もやはり、自分を受け容れてはくれなかった。明日からまた、ここではないどこかを求めて、自分は彷徨い続けるのだろう。
 そう思った途端、空しさが一挙に押し寄せて、心にぽっかりと穴が空いたような錯覚に陥った。
「悠理さんは、私の気持ちを誤解しているみたいね」
 唐突に紡ぎ出された言葉に、悠理はハッとする。
「私があなたを嫌いだなんて一度でも言った?」
 弾かれたように顔を上げると、漆黒の闇の中、眞矢歌の黒い瞳がじいっと自分を見つめていた。
「私もあなたを好きよ」
 眞矢歌は一語ずつ、噛みしめるように言った。打ち寄せ浜を洗う波の音だけが夜陰に響く。
「じゃあ、どうして―」
 どうして、俺の想いを受け容れてくれないんだ? その続きは声になることなく飲み込まれる。
「好きだから」
 眞矢歌の声が少し高くなった。
 悠理は固唾を呑んで、眞矢歌の次の言葉を待つ。眞矢歌は自らを落ち着かせるかのように、ほっそりとした手のひらを胸に当てていた。
「好きだから、あなたの想いを受け容れられないの」
 判るでしょと、眞矢歌は歌うように言った。
「悠理さんは私を幾つだと思ってるの?」
「俺とそんなに変わらないだろ。二十五、六くらい?」
 しばらくして、眞矢歌の涼やかな笑い声が闇に響いた。
「何がおかしい? 俺は真剣なんだぞ」
「ごめんなさい。でも、物凄く勘違いしてるようだから」
 眞矢歌はまだ低い声で笑いながら言った。
「私、もう三十を過ぎてるのよ」
「嘘だろう。どう見たって、二十代にしか見えない」
 悠理は改めて眼の前の眞矢歌を見る。楚々とした印象が強いせいかもしれないが、三十を超しているようには到底見えなかった。
「それで、幾つなの?」
「三十一」
「何だ、それじゃあ、二十代と変わらないじゃないか」
 眞矢歌が小さな吐息をついた。
「悠理さんは二十三歳ってことよね」
「ああ、秋が来たら、二十四になるけどね」
 眞矢歌が年齢差を理由に身を退こうとしているのなら、少しでも歳の差はカバーしておいた方が良い。
「私の方が八つも年上なのよ? 幾ら私があなたを好きだと思っていても、はい、そうですかと言えるものではない。そのことは判るでしょう」
 まるで駄々っ子を宥める口調で諭され、悠理はついカッとなった。
「八つくらいの歳の差がどうだっていうんだ? 世の中にはもっと歳が違う恋人や夫婦だっているじゃないか」
「確かにそう、あなたの言うとおりね。でも、私があなたの期待に応えられないのはそれだけが理由ではないってことも判るはずよ」
「―病気のこと?」
 そう、と、眞矢歌が頷く。
「悪性ではないにせよ、私はいつも爆弾を身体の中に抱えているようなものだわ。今はこうやって元気で普通に暮らしていられるけど、いつどうなるかだって判らない。もちろん、手術すれば、また健康にはなれるけど」
「それなら、良いじゃないか。俺は君が病気で寝ていたって、看病くらいはするよ」
「そういう問題ではないのよ。悠理さん、この間も、ここで言ったはずよね。私にはこれから先、何があっても、子どもは生めないの。単に子どもができにくい体質とかならまだしも、赤ちゃんを産むことができない身体なの」
 予想外の言葉に、悠理が眼を見開いた。
 眞矢歌の白い顔には哀しげな微笑が漂っていた。
「あなたの身の上話を聞かなければ、私はもしかしたら、あなたの告白を受け容れていたかもしれない。でも、あの話を聞いた後では、どうしても受け容れられないわ」
「何で―、何でそんな風に思うんだ?」
 眞矢歌の視線が真っすぐに悠理を射貫く。
「何故なら、あなたは誰よりも家族を―子どもを欲しがっているからよ。もっとふさわしい言い方をすれば、あなたには子どもが必要だわ」
 眞矢歌はまた吐息をついて、眼の前にひろがる海に視線を移した。海を幾筋もの光跡が走る。光が輪を描き、乱舞する。まさに、自然の織りなす、世界一の魔術師ですら作り出せない最高の幻術(イリユージヨン)だ。
「俺には―子どもが必要」
 眞矢歌の言葉は、予想外の衝撃を彼にもたらした。
 だが、果たして本当にそうなのだろうか。愛しい女よりも、やっと見つけた俺の女神よりも、俺には子どもが必要だというのだろうか。
 確かに、子どもは欲しい。前妻早妃との子どもを失い、実里との間の子どもは生涯父子の名乗りはできない。誰はばかることなく我が子と呼び、この腕に抱きしめられる子ども、その成長を一日、一日、側で見守れる子ども。
 悠理は何より誰より子どもを必要としているはずだった。
 だが、今、改めて、これから生まれるであろうかもしれないまだ見ぬ我が子と、眼の前の眞矢歌のどちらを必要かと訊ねられたら、心は迷いなく女を選ぶと告げていた。
 眞矢歌は俺にとって必要な存在だ。
 当の眞矢歌本人から疑問を投げかけられたことで、かえって悠理の心はこの時、はっきりと決まった。
「俺は未来で得られるかもしれないものより、今、側にある大切なものを選びたい」
 半月が紫紺の空を飾り、白い浜辺を淡く照らし出している。月明かりに縁取られた眞矢歌の白い面は神々しいほどまで美しかった。
 浜辺に群れ咲く浜ゆうを月光がひっそりと浮かび上がらせている。時折、海を渡ってくる風にたおやかな花が揺れる。
「本当にそれで良いの?」
 眞矢歌の声もまた浜辺の花のように揺れた。
「俺自身が良いと言ってるんだから、良いんだ」
 眞矢歌はそれに対して何も言わなかった。
 悠理はゆっくりと両腕を回し、眞矢歌を引き寄せる。眞矢歌も素直に彼の腕に身を委ねた。
 彼女を腕に抱いた刹那、あの例えようもない香り、海辺に咲く純白の花を彷彿とさせる香りが彼をすっぽりと包んだ。まるで芳香そのものに抱(いだ)かれているような錯覚は、彼をうっとりと酔わせる。
 この体勢が恥ずかしいのか、眞矢歌はうつむきがちだ。その顎をとらえ、悠理は心もち持ち上げる。
 静かにそっと唇を触れ合わせると、女の華奢な身体が小さく震えた。まるで、親鳥の腕の中で身を震わせる小さなひな鳥のようだ。
 最初は小鳥が啄むように、蝶の羽根が掠めるように軽く触れ合わせるだけ。次第に深めていって、眞矢歌の上唇を自分の舌で舐める。
 次は下唇。上唇・下唇の上をそれぞれ時間をかけて、ゆっくりとなぞる。
 口紅を塗るように、ゆっくりと丹念に。
 下唇を軽く噛むと、またか細い肢体がピクンと撥ねた。背中を宥めるように大きな手のひらで撫で下ろしてから、やっと開いた隙間から慎重に舌を差しいれる。
 逃げる舌をやや強引に絡め取り、後は一挙に烈しく奪った。