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海ほたる~どこか遠くへ~【My Godness完結編】 Ⅱ

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「悪性じゃないの。でも、悪いものではないけれど、このまま大きくなるようでは放置しておくのは難しいって」
 眞矢歌は小首を傾げた。
「私ね、これまでに色々考えたわ。十七のときに失った子をちゃんと産んであげていればとか、子宮がなくても、まだ卵巣が残っている今なら、代理出産という形ででも我が子をこの腕に抱けるかしらとか」
 そういえば、少し前、女性タレントが子宮を全摘した後、残った卵巣から卵子を取り出し夫の精子で体外受精を行ったことが報じられた。子宮を失っているため、本人に受精卵は戻せない。そのため、受精卵は海外女性に移され、この度、その代理母が無事、双子を出産するに至ったらしい。
 日本ではまだ法律的に代理母の出産は認められていない。そのため、海外に渡って、外国人の女性に報酬を払って頼むことが多いと聞いている。
「馬鹿みたいでしょ。そこまでやって子どもを作っても、その子は確かに私の子どもだろうけれど、自分でお腹を痛めて生むからこそ我が子であって、他の女(vs)に生んで貰ったのなら、それはもう単に自分の遺伝子を持った他人の子にすぎない。少なくとも、私はそう思っているの。それでも、代理出産という道を選択する人の気持ちも痛いほど判るし、時には、他の女に生んで貰ってでも、子どもを持てる中に持つべきじゃないって考えることもある」
 振り絞るような心情の吐露に、悠理は返すべき言葉を持たなかった。
 こんな場合、安易な慰めを口にしても、何にもならない。かつて早妃とお腹の子を失った直後、親友の柊路が幾ら言葉を尽くしてくれても、それはかえって悠理の苛立ちを煽るだけにすぎなかった。
「ごめんなさい。こんな話をしても、悠理さんが困るだけよね」
 眞矢歌が笑う。その儚げな笑みに、悠理は心をつかれた。
「いや、俺には何となく判るよ」
「それは多分、無理だと思うわ。子どもを失ったことのない人に私の気持ちは―」
 言いかけた眞矢歌を悠理は真正面から見た。
「俺も子どもを亡くしたから」
 え、と、眞矢歌が大きく眼を見開いた。
「俺も眞矢歌さんと同じさ」
「でも、どうして。悠理さんはまだ若いのに」
 悠理は物問いたげな眞矢歌をじいっと見た。
「悠理さん、子どもがいるの?」
 改めて問われ、彼はひっそりと笑う。
「一応ね。ちゃんと生まれていれば、二人。でも、一人めはもう死んでしまったから、今は一人」
「そうなんだ、悠理さん、奥さんがいたのね」
 眞矢歌の白い面に一瞬、落胆の色が浮かんだように見えたのは思い過ごしなのか?
 こんなときなのに、悠理は歓びに胸が轟いた。慌てて眞矢歌の誤解を解くべく話を続ける。
「ちょっと待って。勝手に思い違いするなよ。俺には嫁さんはいない。以前はいたけど、もういないよ」
「離婚―したの?」
 恐る恐るといった様子で訊ねるのに、彼は首を振った。
「死んだ。交通事故で、車に撥ねられたんだ。妻はその時、妊娠七ヶ月だった」
 ヒュッと眞矢歌の喉が鳴った。愕きのあまり、呼吸ができなくなったらしい。
「ごめん、いきなりな話して。大丈夫?」
 気遣わしげに訊ねると、眞矢歌が弱々しい微笑を浮かべた。
「心配しないで。私なら大丈夫だから」
 小さな息を吐き、眞矢歌が呟いた。
「悠理さんにそんなことがあっただなんて、少しも知らなかった。それなのに、私ったら、自分の話ばかりして、申し訳ないことをしてしまったわ」
 短い沈黙の後、眞矢歌が言った。
「赤ちゃんも?」
「うん、駄目だった。嫁さんの方だけでもせめて助かってくれたら、俺も何とか踏ん張れたんだけど、同時に二人ともなくしちゃったもんで、当時は結構荒れたよ」
「当然だわ。奥さんと赤ちゃんと同時に失ってしまうだなんて。私だったら、きっと気が狂ったかもしれない。悠理さんは強いのね」
 悠理は複雑な想いで眞矢歌を見た。
 そういう、眞矢歌さんこそ俺なんかよりよほど強いじゃないか。声に出して言いたかった。
 自分はまだしも妻に裏切られたわけではない。だが、眞矢歌は信じていた男に裏切られ棄てられ、更に子どもまで失った。
 同時に恋人と子どもを失ったのは同じでも、その意味は全く違う。少なくとも、眞矢歌はその心の痛手を克服し、立ち上がった。自分などの味わった痛みよりよほど重いものを抱えて生きてきた彼女の方が強いのは判っていた。
 だが、それは眞矢歌の気持ちを考えれば、幾ら何でも口にできるものではなかった。
「こんな話をしたら、眞矢歌さんにとことん嫌われてしまうのは判ってるんだけどね」
 悠理は少し眼を眇めて、前方を見る。
 白い蝶がひらひらと舞うように二人の前を通り過ぎていった。その蝶のゆくえを眼で辿りながら、彼は淡々と言った。
「俺の二人めの子どもを生んだのは、嫁さんを撥ねた車に乗っていた女性なんだ」
 眞矢歌が訝しげに眼を細め、しばらくして頷いた。
「事故のこととか色々と話している中に、恋愛関係になったとか?」
 まあ、ドラマでもよくある話ではある。事故を起こした加害者と被害者の恋人、或いは配偶者との予期せぬ恋愛。
 だが、悠理と実里の関係はそんな生半なものではなかった。
 悠理はゆっくりと首を巡らせた。
「そうならまだ救われたんだけどね、実はそうじゃない」
「悠理さんの話が少し判らないんだけど」
 眞矢歌が理解できないのも無理はない。恐らく、これを打ち明ければ、眞矢歌はもう自分を軽蔑し、二度と近づこうとはしないだろう。それでも、悠理はどうしてか、この女性に真実を打ち明けたくてならなかった。
 白い小さな蝶はやがて高く舞い上がり、天の高みへと吸い込まれるように消えていった。
 蒼い夏の空に積乱雲が幾重にも重なって浮かんでいる。白い蝶は雲に吸い込まれたようにも見えた。
「さっきも言っただろ。妻や子どもを失った頃、俺は物凄く荒んだ生活を送っていたんだ。もう自棄になって、何がどうなっても良いやって捨て鉢な気持ちで毎日を過ごしてた」
 当然、妻子を理不尽に奪われた怒りと鬱屈は加害者の女性に向けられる。
「俺は妻を撥ねた女性をストーカー紛いにしつこくつけ回し、ある日、会社帰りのその女性を―レイプしたんだ」
 眞矢歌がまた息を呑んだ。
 しばらく、どちらからも言葉はなかった。
 悠理はまるで試験の判定結果を待つ学生のように、怖々と眞矢歌を窺った。
 なおも眞矢歌は沈黙を守っている。
 やはり、嫌われて当然だ。幾ら妻子を奪われて絶望的になっていたとはいえ、加害者女性を復讐にレイプするなんて、同じ女性としては許せないだろう。
 俺のしたことは、眞矢歌さんのような良識ある優しい女から見れば、想像の限界をはるから超えているのだ。
 悠理が絶望に肩を落としたその時、やっと眞矢歌が沈黙を破った。
「それで、その女性が妊娠したのね?」
 その言葉に、悠理がピクリと反応した。
 眞矢歌の声音はどこまでも静かだった。
「確かに悠理さんのしたことは間違っていた。でも、悠理さんは自分の犯してしまった過ちによって、よりいっそう苦しむことになったでしょうし、その分、厳しい罰を受けることになったと思うわ」