挽歌 「こわれはじめ」
はっ、と近くに居た敵の気配を察知する。
右手には短刀、左手には懐中電灯。見つかれば、恐らく死ぬだろう。
(……何か持ってたっけ……?)
ポケットをまさぐってみるが、これと言ったものは見当たらない。
きょろきょろと周りを見てみると、荷物のくくりつけに使うような大きめのロープが転がっている。
その近くには、廃材と思しき金属片も沢山見受けられた。
「……ひっかかるといいな」
そそくさとロープを足下に結び、金属片を地面に刺す。
簡単なトラップだが、最悪気付かれても自分はもうその場には居ない。それに、金属片をしっかりと刺せる腕力は華憐には無い。あくまで、刺されば良い。その程度の認識。
あとは、うろうろしている男をおびき寄せるだけだ。
(一人だけなら、問題ないけど……二人は……いや、ああいうのはきっと……一人で突っ込んでくる。それなら、当たらなくても……大丈夫!大丈夫だ、自分を信じろ!)
薄暗い中で銃を構え、懐中電灯の明かりを頼りに――撃つ。
ぱぁん、と音が響き、華憐を探す男は物音に気付く。
「そっちか!ぶっ殺したる!」
単細胞。
味方も呼ばず、走ってくる。
息を殺し、廃材入れの近くに身をひそめる。
成功しなければ、見つかって殺される。
震える肩、震える脚。
銃を握り締め、見る。
「そこかあ!」
懐中電灯の明かりが、華憐を捉える。
だが、その光源は一瞬にして宙へ浮く。
「なぁ!?」
ロープに躓き、男は倒れる。
刺さった廃材が、男の腕をかすめ――足を貫く。そのショックで、持っていた短刀は彼の手から離れる。
「ビンゴ!」
影から飛び出し、華憐は男へ銃を向ける。
「く、クソガキが……」
「クソなのは……どっちかな?」
しっかりと握られた銃から、数発の弾丸が吐き出される。
「あがぁぁあぁ」
脳髄が飛び出たあたりで、華憐は銃を下ろす。
「はぁ……はぁ……うぐっ、おえ……」
込みあげる吐瀉物を押し戻し、足元の短刀と懐中電灯を手にする。
懐中電灯をポケットに押し込み、短刀でもう一度男の首筋を突き刺して――静かに、彼女はふたたび工場内へと入って行く。
窓から中をうかがい、気配がないのを確認してから身体を投げこむ。
さきほどまで、沢山の怒号がひしめいていた工場は――すでに、ほとんどの声を失っている。
「……」
影から影へ。
闇を移動する華憐は、懐中電灯を持つ敵の姿を視認する。
位置を知らせているだけにすぎない、その光源が――今はとても、眩しく見える。
となると、音の出る銃はまずい。彼女は判断する、最善の方法を。
持っていた短刀を利き腕の右で持ち、じっと潜む。
気配を消しながら動くことは、彼女には出来ない。だが、潜むだけならば問題は無い。
(何人いるか解らない……けれど、すでに大介さんが何人も殺しているならば……)
「お、おい……お前らどうしたんだよぉ!相手はたったの二人なんだぞぉ!?」
仲間の声が一つ、また一つ消えていくのに動揺を隠せない、リーダーの男。
「ジョニーの兄貴ぃ、向こうでマイクも殺されてますぅ!」
「慌てるな、田岡……片方はただのメスガキだ、そいつだけでもぶち殺せ……」
「で、でも……」
「でももクソもねえんじゃあい!とっととタマ取ってこいや!」
ジョニーに怒鳴られ、田岡はこちらへと向かってくる。
「ひぃい、ジョニーの兄貴があんな怒るなんてよぉ……」
懐中電灯と銃を手に、物陰を一つずつ探索していく。
その時、後ろの方で何かが転がる音がした。
「ひっ? そ、そこかぁ?」
物音の下方向へと歩いていき、物陰を照らす。
だが、誰も居ない。ネズミが入りこんでいただけだ。
「ね、ネズミかよ……驚かせやがって……」
ほっと一息ついて、再び探索へ戻ろうとした時。
「え?」
背中に強烈な痛みが走る。
「あ……?」
痛みで田岡は、コンクリートへとダイブする。
視線を背中へと向けると、彼の目には突き刺さっている短刀が映った。
「はっ……はっ……やっぱり、あっけない……ものなんだ……」
華憐の声は――息も絶え絶えの男には届かない。
溢れる血が、彼から生きる力を奪って行っているからだ。
「あ、あに……き……」
声を聞いた華憐は、背中から短刀を引き抜いて、再び其れを肉へと埋めていく。
何度も肉に刺さる短刀は、べっとりと赤く染まっていき――
「あ、あ……」
程なくして、彼の意識は途絶える。
「あと……何人?」
「ぎゃあああ!」
声のする方を見る。
懐中電灯で照らされた男は、首から血を流して倒れていた。
「これで終わりだよ、華憐」
「おじいちゃん!」
「やれやれ、結局二人も仕留めちまったのか」
「……まだ、感触は残ってます。肉に埋まる刃の、あの埋もれて行く感じが」
華憐の手は、まだ震えている。
服が血で染まっているわけでもない。だが、彼女の手には確かに刻まれている。
人を殺した、その見えない証が。
「……今日はもう休め。色々ありすぎたからな」
「……うん、ありがとう。大介さん」
「じゃ、帰りましょうか――華憐」
「あれ? 唯お姉ちゃん、居たの?」
「お爺様に言われて、さっきここに着いたばかりよ」
(大嘘つきめ)
唯を心の中で罵る大介を尻目に、二人は家へと戻って行く。
あれだけ長く経過していたと思っていた時間は、およそ一時間半ほどしか経っていない。
「ところで、爺」
「なんだい?」
「てめえ、最初から華憐につけられていたって解ってたろ」
にやりと笑う京太郎。
「……孫を巻き込みたくは無かったんじゃないのか?」
「後継者を逃す気は無い。それに、何だかんだであの子の素質はぶっ飛んでおるからな」
「最後のネズミだって、ありゃお前が放った奴だろ。あの工場にネズミなんて出るわけがないからな」
ひとしきり言いたいことを言った後、煙草を取り出して火をつけようとする。
「……ちっ、ライター忘れた」
「ほれ、レンタル料一億万円だ。ローンも可だぞ」
「懐かしいもん覚えてやがるな……」
ライターを受け取り、煙草に火を付ける。
「ふー……」
「さて、儂らも帰って寝るとするか」
「工場内の後始末はどうするんだ? いつものか?」
「連絡は付けてある。あとはどうとでもなるよ」
「小川会が解散?」
新聞を片手に、椅子へふんぞり返っている大介が驚く。
「ええ……あなた方が工場を守ってくれたおかげで、なんとかなりました。小川会も、大量の負債を抱え霧散せざるを得なかったようです」
工場襲撃から一週間ほど経っていた。
病室に見舞いに来た大介は、小杉から渡された新聞を見て初めてその事実を知ったのだった。
「これもすべて、あなた達のおかげです。ありがとうございます」
「……俺はただ仕事をしただけだよ。代金の方、口座にちゃんとお願いするよ」
そう言い残し、大介は病室を出る。
「お見舞い、終わったの?」
学校を終えた華憐が、制服姿で立っていた。
「ああ、終わった」
「肩は?」
「ま、あと二週間もあれば完治する。それまではゆっくりするさ」
「じゃあ、ご飯もうちで食べますね?」
華憐をまじまじと見つめる。
「……反省してないだろ?」
作品名:挽歌 「こわれはじめ」 作家名:志栗 悠