挽歌 「こわれはじめ」
どこかふてくされながらも、自分を相手にしてくれる――いつもの彼の、声。
「あ、う……」
華憐の手を握り、優しく微笑む。
「怖いか? 怖いだろう、そりゃそうだろうな。見たことも無い、非日常だもんな。だから、もう後戻りは――出来ない」
そう言って、もうひとつ持っていた銃を華憐に握らせる。
「こ、これ……」
「お前的に言えばピストル、俺的に言えば拳銃。この状況で俺とお前が生きて帰るためには――戦うしかない。お前も。だから、使え」
「ぼ、僕に……? なんもできない、僕に?」
華憐を睨みつけ、立ちあがる。
「あのクソジジイと、姉の血を引いているお前が、何もできない? まあ、そうだな。何も訓練を受けていないお前が、まともに戦えるわけがない。だが、お前は一つだけ幸運だ。それは――この俺が、味方だということだよ」
「……大介さん」
「そいつは小柄なお前でも撃てるくらいの小型な拳銃だ。いいか、そいつをまず両手で構えろ。撃鉄を下ろし、腕をまっすぐ伸ばして、照準器を見ろ」
言われた通り、華憐は銃を構える。
「そう、そんな感じで良い。弾丸はすでに装填済み、スライドも引いてある。あとは引くだけ――扉に向けて、やってみろ」
「こ、ここで撃って気付かれたら……」
「俺を信じろ」
土壇場すぎるこの状況で、信じることが出来るか。
いや、するしかない。
ゆっくりと引き金に指をかけ、引く。
銃はその役目を果たし、弾丸を発射する。
その弾丸は、扉を貫通し――その向こうに居た、男に命中する。
「いぎぃ!」
「あ、え、え……?」
人を撃つ。
その感覚が、銃を通して伝わってくる。
扉越しに居た男は、呻く。
そのうめき声も、続けて数発大介の銃から放たれた弾丸によって消える。
「わかったか? それが、人を撃つ。そういうことだ」
「ひ、ひと、ひとを……ぼく、ころし……た……?」
「……やっぱり狂ってるじゃねえか。お前の目」
殺害。衝動。込みあげる吐瀉物。
しかし――其れは、すぐに収まる。
「……生き延びる? 生き延びるためなら、これは――必然?」
「首突っ込まなきゃ、必然とはならなかったさ。もうお前、戻れねえよ」
銃の弾倉を取り替え、別の入り口を見る。
「幸い、奴らは電気が消えたことによって散らばったみたいだ。電気を戻すのと、俺らを仕留めるのと、そう言った感じでな」
「……」
震えが止まっている。
人を殺害しておきながら、窓ガラスに映った自分の顔は――少しだけ、笑っていた。
「呆けてる場合か?」
「……わかってますよ」
華憐はガラスの方を見る。
「一階でよかったね、そうでなかったら怪我しますもん」
「そう言う問題かね。まぁ、あの連中に窓から侵入するという発想は無いだろう。どっからでも行くがいいさ」
「……心配してくれても、いいんじゃないんですか?」
「腹くくった奴に何言っても無駄だよ。大丈夫、お前は死なない。死んだら唯に俺が殺される」
ドアを蹴り開け、飛び出て行く大介。
それと同時に、華憐も窓から外へ駆けだす。
一人の少女が――目覚める日。其れが、この夜だった。
工場内を駆ける大介。
「肩の痛みはどうとでもなる。だが、不用意な発砲をしねぇ……少しはまともなのかもしれないが、俺を相手に生きて帰れると思うなよ!」
非常用の懐中電灯をひっつかみ、空へ投げる。
「なんだ!」
懐中電灯の光に釣られ、銃声が響く。
「やっぱり素人だな!」
マズルファイアを頼りに、大介の銃が火を噴く。
「あつっ!」
「たかぁっ!」
暗闇で敵の位置を把握するためには、ひとつのきっかけが必要だ。
先日の一件では、予め場所を把握していたから暗闇でも正確に相手を撃ち抜くことが出来たが――敵の位置が解らない今回のケースにおいては、そのきっかけを作るために動かざるを得ない。
懐中電灯が、床に転がる。
(目視では八人、さっき扉の前で馬鹿面晒していた奴を含めて、あと五人……)
機械の影に隠れ、耳を澄ます。
聞こえてくるのは、安物の革靴の音と敵の怒号。
「相手はたった二人だぞ!」
「し、しかし兄貴……こう暗くちゃ、どうしていいか……」
「だからブレーカー上げに行かせたんだろう!」
自分の手の内が、丸聞こえ。馬鹿の極みなんじゃないか、と大介は思いながら移動を始める。
「うぎゃあああ!」
男の悲鳴が上がると共に、首から血を噴き出して男が降ってくる。
大介が上を見上げると、窓の月明かりを反射する鈍い光が見えた。
「スマートにやるな」
それが京太郎の仕業だと言う事は、すぐに解った。
「じゃ、俺も真似させてもらいますかね」
拳銃を仕舞い、ナイフを取り出す。
銃刀法違反で確実に捕まるレベルの、真っ当な戦闘用ナイフである。
少しの移動のあと、視認した敵の近くに落ちていたボルトを放り投げる。
広い工場に、乾いた音が広まり――案の定、男はそれに反応する。
「ど、どこだぁ!」
「ハロー、わたし大介さん。お前の後ろに居る……なんてな」
首を掻き切り、赤い鮮血のシャワーが床を湿らせる。
数秒前まで生きていた男は、いまや首から血を噴き出すだけのシャワーマシンだ。
死体を放り投げ、大介は再び移動を開始した。
「ふん!」
三つ目の死体が、配電盤近くに転がる。
銃を一発も撃つことなく、手持ちのナイフだけで彼らは作られていた。
「手ごたえがあるのかないのか解らないが、これであと……目視した分は、三人と言ったところか」
下を見下ろし、かすかに笑う京太郎は――一つの人影に気づく。
「……ふむ、そうか、そうだったな。やはり、意図的に見逃して正解だったか」
「くそがぁあぁ!死ね!」
ドアから勢いよく、刀を持った男が斬りかかる。
「ふむ」
「あがぁ!」
京太郎がナイフを突き刺す前に、男は目の前で崩れ落ちる。
その首筋には、一本のメスが突き刺さっていた。
「唯か。遊びに来たのか?」
「あらあら……愛しの妹が実戦だと聞いたから来たまでですわ」
黒のコートに身を包み、左手には血のついたメスを持っている唯。
「儂が直接手引きしたわけではない。だが、きっかけを作ったという意味では儂が一番の戦犯だな」
「カエルの子はカエル。そして、その子もまたカエル。血は争えません」
死体からメスを引き抜き。くるくると回す。
そして、下の方を見て――呟く。
「残り四人ですわ。外の見張りは、すでに始末済みですし」
「華憐が死んだら、どうする?」
「あら、そんなありえないことを聞いてどうするのかしら?」
唯は黒塗りの眼鏡を直し、近くの椅子へ腰掛ける。
「あの子の才能は父親譲りですわよ? 私みたいな凡才とは、比べ物にならないくらいの」
「儂からすれば、努力する凡才というのがもっとも恐ろしいわ。お前や、お前の父みたいにな」
唯は京太郎の方をそっと向き、笑顔を浮かべる。
「褒め言葉として受け取っておきますわ、お爺様」
窓を飛び出し、工場の側面へと出た華憐。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ……でも、僕はもう……引けないんだ)
銃を握る手が、また震えだす。
(いけない!いけない!自我を塗りつぶせ、塗りつぶすんだ、僕!黒と、白と、血塗れの赤で!)
作品名:挽歌 「こわれはじめ」 作家名:志栗 悠