挽歌 「こわれはじめ」
それを上手いことキャッチし、銃をまじまじと眺める。
「流石、なんでもできるな。新品同然だ」
「お前さんがつい先日まで使っていたのよりは、まともに動くだろう」
引き出しから弾倉を取り出し、銃に装填する。
「あれも気に入っていたんだけどな。ま、しばらくはこいつと一緒にランデブーを楽しむとするよ。ところで、今日は華憐は来ないのか?」
「依頼人の娘と一緒に部活だそうだ。念のため、今日の登下校はたまたま休みだった唯に付いてもらっておる、問題は無い」
「あいつを護衛にか? 爺に負けず劣らず、妹狂いじゃねぇか」
笑いと嘲りの入り混じった顔で、大介は銃を懐へと押しこむ。
それを見て、京太郎もまた先ほど手入れを終えた自分の銃をホルスターへとしまう。
「今夜だろうな」
「ああ、今夜だな」
机の上に置いてあったソルティライチを京太郎へ投げ渡す。
「こんなもので、高揚するわけがないが――可愛い孫が買ってきてくれたものを飲んで、昂ぶらないわけがない」
「うるせえ、黙って飲めよ」
受け取ったものを即座に飲み干し、笑う。
「今から死地へ赴くというのに、儂らは狂っているのだろうかね?」
「そんな感情――傭兵の時に、捨てちまったさ」
軽口を叩きながら、二人はそのまま事務所を出て行った。
物陰で其れを聞いていた、一人の少女に気付かないまま。
「ふっふん。あの二人のお仕事を見るチャンスだ!」
その場に居たのは、華憐だった。
何も知らない華憐が、一呼吸おいた後その場を離れる。
彼らの「仕事」が何かもわからないまま、ただ好奇心のみで後を追う。
其れが彼女の【転機】だとも知らず。
夜。例の工場の近くへと、二人は足を運んでいた。
「あそこに忍び込んでる奴らか? ご丁寧に電気まで付けやがって、素人が」
「恐らく間違いないだろう。大介、そんな装備で大丈夫か?」
「ああ……大丈夫だ、問題ない。じゃ、行こうぜ。爺」
工場の塀に、用意してあった梯子をひっかけて上る。
手なれた様子で梯子を登り、向こう側へと降り立つ。
「さて、どう出ると思う?」
「考えを改めて、発破で崩してしまうと見たな。重機などは見受けられん」
「仕掛けられる前に仕留めるしかないってことか。面倒だな」
銃の安全装置を外し、二人は工場の中へと忍び込む。
「……ピストル?」
影でそれを見ていた華憐は、何故そんなものを二人が持っているか、不思議そうに思いながらも別の入り口を探す。
「映画の撮影でも、するのかな……? でも、カメラとか回って無いみたいだけど……」
程なくして、別の入り口から中へと入る。
沢山の機械がいくつも並び、その機械からは油の匂いが漂ってくる。
「……夜な夜な、ひっそり機械をいじるお仕事? よくわからないなぁ」
そんなことを考えていると、足音が聞こえてくる。
即座に彼女は機械の陰に隠れ、様子をうかがう。
「兄貴ぃ、爆弾のセットはどこにしたらいいんですか?」
「解除される心配も無いからな。一階と二階にでも適当に放り込め」
(爆弾……?)
その場で鞄から何かを取り出した二人組の男は、いそいそと設置を始める。
「向こうの方はどうなんだ?」
「サブとハチが一夜漬けで覚えた爆弾設置技術を披露してる所ですぜ。あいつら、寝る間も惜しんで一心不乱に頑張ってましたよ」
「そりゃ準備の良いことで……ほれ、終わりだ」
「終わりってのは、どっちのことだい?」
「!?」
男二人が振り向くと、そこには大介が立っていた。
「爆弾仕掛けて吹っ飛ばすとは、なかなか無計画だな」
「て、てめえ!」
懐に手をかけようとした男の腕を、大介は容赦なく狙い撃つ。
「お前らみたいな人間に、この工場を吹っ飛ばす資格は無いって、知ってるか?」
さらに銃声が鳴り響き――片方は、ただの肉塊へと変貌する。
「ひ、ひい!」
男はポケットに仕込んでいた何かを押す。
陳腐なビープ音が工場に響き渡り、男は安堵した表情を浮かべる。
「へ、へへ……仲間を沢山呼んだぜ、これでお前もおしまいだ……ぐふっ!」
「黙れ」
また一つ、肉塊が完成する。
「少数で爆弾を仕掛け、念のために味方を近くに待機させておく……か。ヤの付く連中にしては、少しばかり頭が回るようだ」
爆弾へ近づき、手なれた手つきで爆弾の息を止める。
仕掛けられた爆弾は、それこそお粗末な出来と言っても過言ではなく――彼にとっては、片手間で解除できる程度のものだった。
「さて、と。残りのお掃除もやらんといけないのが薄給の哀しい所……と言ったところだ。おい、そこで隠れてる奴。十秒ほど待ってやるから、出てこい。命までは取らんぞ」
物陰でがたがたと震える華憐のことを指しているのだろう。
目の前で拵えられた死体を見て、さしもの彼女も腰が引けていた。
「いいか? 俺だって慈悲が無いわけじゃない。命知らずは殺すが、そうでなきゃちったあ情状酌量の余地があるって判断してやるんだ。それとも、自分から死にたい、文字通りの命知らずなのかい?」
普段耳にする声とは全く違う、冷たい声。
怒られるのか、殺されるのか、解らない。
それでも、彼に殺されるなら――悪くも無い?
錯綜する思考が、彼女を立たせる。
「かっ……華憐!?」
「……」
動揺。動転。
さしもの大介も、居るはずの無い人間がこんなところ――ましてや、仕事の現場に居るのを目撃しては、冷静でいられるわけがない。
「お、お前……今のを……見たのか?」
「……うん」
そう回答した後、華憐は機械の近くで倒れている肉塊を見て、後ずさる。
「ま、待て!何でお前、こんなところに……」
「そんなの……好奇心に、決まってるよ。大介さん」
「……好奇心は猫を殺す。そうだろう? 解ってるはずだ。俺らが真っ当な仕事をしているわけがないって、少しぐらいは解っていたんだろ?」
銃を下ろし、華憐へと近づこうとする。
「こ、来ないで……!」
「くっ……」
さっきまで生きていた人間は、彼の手によってことも無く骸へと変えられた。
そんな、普段とは全く違う面を見せた男を見て、はいそうですかと許容出来るわけがない。
「いたぞ!サブとヤスを殺した奴はあそこだ!」
工場へと突入する、小川会の人間。
呆然と立ち尽くす大介めがけ、銃を撃つ。
「くそ!」
「兄貴、なんだか女のガキまでいますよ!」
「かまわねえ、目撃者は全員ぶっ殺せ!」
一部が、華憐へと照準を合わせる。
「ひっ……」
「危ない!」
その言葉を聞いた後、華憐の目に映ったのは、自分をかばって肩から血を噴き出す大介の姿だった。
「きゃああああ!」
「やったぞ!」
「うるせぇ、こっちだ!」
半ば強引な形で華憐の腕を掴み、奥の部屋へと滑りこむ。
ドアを閉め、荒い息で華憐を睨みつける。
「……」
「か、肩が……」
「利き腕の方じゃない、とはいえ……集中力を欠くには十分な要素だよ」
悪態を垂れた時、工場全体の電気が消える。
「気付くのが早い……か」
「え?」
「クソジジイの仕業に決まってるだろう。で、どうするんだ?」
暗い室内の中で、視線を華憐へと戻す。
「だ、大介さん……?」
「……華憐」
その声は、いつも聞く声。
作品名:挽歌 「こわれはじめ」 作家名:志栗 悠