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ヴィンセント
ヴィンセント
novelistID. 41447
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あの夏、キミがいた。

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 夕方6時過ぎ。傾いた太陽が放つ強烈な西日に照らされてはいるものの、いくらか和らいだ夕昏の風が頬に心地よい。
 風に乗って聞こえてくる祭囃子が必要以上に僕の胸を高鳴らせ、もう15分ほども立っているそのタバコ屋の、小さな窓口の奥にちょこんと座る婆さんの遠くなった耳にさえ僕の心臓の音が聞こえやしないかと心配になる。

カランコロン、カラン。

そして坂の上から響く、乾いた心地よい音。

 西日がすっかりオレンジ色に染め上げたその坂道の向こうから、何故かその場所に居るその人の姿だけが原色をとどめて鮮やかに、僕の網膜に写りこむ。鮮やかな水色にちりばめられた、薄赤を基調とした艶やかな花火柄と、黄色い帯。赤いキンチャク袋をぶら下げたその手が、ぼんやりと坂を見上げる僕に向かって小さく振られる。

「ごめんね、もしかして随分待ったとか?」

少し駆け足で僕に近寄った彼女が、照れくさそうに俯きながら問いかける。

「い、いや、オレも今来たんだ。」

思いもかけず、いつものポニーテールを解かれて美しく夕風になびく彼女の黒髪に見とれた僕は、そう切り返すのが精一杯で、まったく気の利いた一言など出ない。

「どうかな?髪、おろしてみたんだけど、おかしい?」

「あれ~、キレイになってー、ど~この娘さんかとおもったえ~!」

唐突に、タバコ屋の奥から僕を無視して投げつけられた老婆の声。

「あ、おばあちゃんこんばんは。どうかなー、似合ってるかな?」

彼女は袖を腕の周りでクルリっとまわすと器用に手のひらで掴み、タバコ屋の前で子首をかしげてポーズを取る。

「あ~あ~、キレイじゃよう、モデルさんのようじゃねぇ、ほんにおっきくなってのう。でも、寂しくな・・・・・・」

「じゃあね、おばあちゃん、お祭り行ってくるね!」

 老婆の言葉を遮るように明るく手を振ると、彼女は僕の方に向き直り何か訴えかけるような目で見つめる。相変わらず大きな瞳はしっかりと、その意思を持って僕を見据える。

「あ、あの・・・・・・似合ってるぜ、浴衣。思ってたより」

「思ってたよりって、どんなの想像してたん? まぁいいよ、うん、合格です。」

「さ、行こうぜ!」

 多分、僕の顔は真っ赤になっていたはずだ。
―でもそれは夕日に染まってきっと悟られてはいないはず―
そう信じながら僕は振り向くと、神社の方向に向かって大股で歩き出す。

「ちょっとー!下駄って歩き辛いんだから、待ってよ!」

 かつて聞いたことの無い、心地よい下駄の音がカランコロンと僕の後ろを追いかけてきてそして僕の羽織った(偶然にも彼女の浴衣と似たような色合いの)アロハシャツの裾を何かが引っ張る。僕はもう、爆発しそうに高鳴る心臓の音を誰か、いいや、彼女に聞かれてもそれは仕方ないとさえ思った、それほどに僕の胸は激しくときめいていた。