あの夏、キミがいた。
その夏の日の朝、たくさんのセミたちが短い命を鳴らし続ける喧騒の中で僕は目覚めた。
前日の夜、頭の中で散々繰り返し過ぎた今夜のシミュレーションのおかげで、ほとんど寝付けなくなってしまった僕が、それでもようやく寝付いたのは世の中が白け始める午前4時過ぎ。だから、射抜くように暑い真夏の太陽の日差しに起こされた僕が、未だ夢と現実の間を彷徨っていてもなんら不思議は無く結果、「彼女と過ごす夏祭り作戦」を、とっくに過ぎ去った過去のように認識した僕は、あわてて飛び起きカレンダーと時計を確認する。しっかりと赤い二重丸が付けられたその日、今日はたしかにその日、
―今は、えと、午前11時か、ほっ。―
今夜はまだ過去ではなく未来、輝きすぎて、胸がはちきれそうなほどの未来がそこには待っている……はずだったんだ、少なくともこの時はまだ。
階下に降りた僕は、何事か小言を繰り返す母親を軽くいなしつつ、暑さで体中から吹き出だ汗と、妙に高ぶった気持ちを洗い流すためシャワーを浴びる。
さっぱりとした体をタオルで拭いながら、それでも相変わらず高ぶった気持ちのまま台所に向かうと、テーブルには氷で冷たく冷やされたそうめんと少しばかりの薬味が乗せられた小皿が用意されていた。なんだかんだ言いながらも、遅めの朝食をちゃんと準備してくれる母は、やっぱりありがたい。
「あんた、まーた髪の色が派手に!今日お祭りに行くんかい?誰と行くんか知らんけど、父さんは朝から神社で準備してるんやから、あんたもそれ食べたら少しは手伝いに行かなイカンよ!」
「行かなイカンとか、ははは、行くのか行かないのかどっちなんだよ、へへ。」
僕は空きっ腹にそうめんを思い切り流し込みつつ、テーブルの横で腰に手を当ててまくし立てる母に、憎まれ口を叩く。
「まーた、人のアゲアシ取るよなこと言ったらイカン!」
「だから行ったらイカンのかよ、はは。んじゃ、ご馳走様っ!」
椅子に掛けてあったTシャツを掴み取りながら、僕は駆け足のままそいつを頭から被り、玄関先に停めてあった自転車に飛び乗ると思い切りペダルを踏みつけて、セミの声が響き渡る並木道を加速していった。
作品名:あの夏、キミがいた。 作家名:ヴィンセント