あの夏、キミがいた。
「あっ、そっかー。いちおー真面目な生徒会長で通っている私と、金髪頭の不良君なキミが仲良くしているのを見れば、きっとあの娘たちもお互いの身長差なんて気にせず、思い切って気持ちを打ち明けられるよね!ねっ?夏祭りの日なら気分も盛り上がるし、ね、そーゆーことなんでしょ?」
いきなり!ポケットに突っ込んでいた僕の右手首を掴んだ彼女は、そのまま強引に僕の手を引っ張り上げた。そして、思いがけずひんやりとしたその、しなやかな指で僕の手を両手で包み込みながら二度三度、軽く上下に振りつつ満面の笑みで問い直す。
「あ、ああ。大体、そーゆーことなんだけどさ、あ、あくまでフリだぜ?仲良くしているフリでいいんだぜ!」
「え?あ、ああ、そうよね……フリでいいんだもんね。」
包みこんでいた僕の両手を慌てて離した彼女の、声のトーンが少し落ちる。
―バカだ。愚か者はいつも決まって、カッコつけて自らの真意を覆い隠す。―
「で、でもさ、夏祭りの日は私と一緒に行くってことだよね?」
一瞬、下がった声のトーンが再び美しく透き通る。
「そ、そーゆーこと、アイツにもKを誘えって言っておくから、オレ。」
「うん、わかったよ!Kちゃん喜ぶよきっと。いい事思いついたね、やっぱバカじゃないじゃん!」
「うっせーよ!じゃあ、夏祭りの日に、お前んちまで迎え行くか……」
そこまで僕が言いかけた瞬間、くるり。と踵を返す彼女のシルエット。校舎の窓に反射する西日が眩しく、彼女を逆光の中に落とし込む。美しく揺れるポニーテールから陽光で透き通るブラウス、短めのスカートがふわりと円を描き、しなやかな足がポン。と軽やかにコンクリートを蹴る。
「うん、楽しみに待ってるねー、アリ……うれし……じゃねっ!」
途中、途切れかけた言葉が聞き取れず、思わず聞き返そうとしたときにはもう、彼女は渡り廊下のはるか向こう、陽炎がユラユラと揺れるコンクリートの向こうへ駆け出して、そして消えていた。僕はなんだか、たった今までそこに居たはずの彼女が、実は蜃気楼そのもので、あるいは僕の見た彼女は暑すぎる夏の幻覚なのかもしれない、とさえ思った。
作品名:あの夏、キミがいた。 作家名:ヴィンセント