あの夏、キミがいた。
「あ、あのよー、ちょっとお願いあんだけど。」
学期末試験も終わり、明日から夏休みだ!と、皆が浮かれてそれぞれに飛び上がったその日の放課後に僕は努めて平静を装いつつ、小走りで陸上部の部室へと向かっていた彼女を呼び止めた。
「え?今呼んだよね?」
若干傾きかけた太陽に焼かれたコンクリートがジリジリと照り返す渡り廊下で、艶やかな黒髪をきっちり束ね、後頭部で美しく纏め上げられたポニーテールがふわり。と揺れて、彼女が立ち止まる。
「ああ、呼んだ。」
思いもよらず素直に、そして陸上競技のスプリンターらしい、美しい立ち姿で振り向く彼女に一瞬、咽帰るほどに暑苦しい外気が僕の周囲から消え去り、そして照れ隠しに頭を掻きながら俯いてしまう僕。
「何よー、呼び止めておいてその態度は!」
いつものように真っ直ぐに、僕を見据える大きな黒い瞳がキラキラと輝きながら、まるで最初から僕の本当の気持ちを見透かしているかのように悪戯っぽく微笑む。
「あ、あのさ、夏祭りあるだろ、今年も。」
「うんうん、あるよね、楽しみだよね♪」
僕の切り出した話題に、一歩距離を詰めながら前のめりになって、より一層キラキラと輝く瞳。その瞳に真っ直ぐ見つめられると僕は、なんだかこれから話そうとしている計画、去年の夏から考えていたこの計画が、すっかり手垢に塗れた薄汚い一人よがりの考えに思えてきて、気持ちが挫けそうになる。
それは確かに今思い返してみるに、計画と言うにはあまりにも幼稚で見え透いた思いつきであり、思春期の男子にありがちな実に独りよがりな考えだった。
作品名:あの夏、キミがいた。 作家名:ヴィンセント