あの夏、キミがいた。
「鼻緒、切れちゃったな、よし、オレがおぶってやるよ。」
「え?い、いいよ、でも・・・・・・うん、ありがと♪」
僕は彼女の下駄を拾いながら肩膝をつき、彼女を待つ。
ふわり。と僕の首にかかる彼女の両袖から少し甘い香りが漂う、そして背中全体に彼女の温もりが広がり、彼女の存在の全てを僕は初めてまっすぐ受け止める。
「重くない?」
「全然、お前って案外軽いんだな。」
「失礼だねー相変わらず!」
僕の背中に全てを預けた彼女が、ようやく華やいだ声で切り返す。
「あのさ、あの時さ、ほんとはオレ、」
あの坂の上の曲がり角までたどり着く前に僕は、彼女にありったけの想いを伝えなければならない。
僕は彼女との想い出を思いつく限り片っ端から引っ張り出し、その度にとってきた自らの頑なな態度を詫び、そしてそのときの本当の気持ちを全て打ち明けた。夢中で喋る僕の言葉を、彼女は背中で嬉しそうに相槌打ちながら聞いてくれる。
時折後方で上がる花火が、ひとつになった僕たちのシルエットを長い坂に映し出しては消えていく。
「へー、そっかー!ホントに素直じゃないんだねキミは・・・・・・でも変わらないでね。あ、もう着いちゃったね、ここでいいよ。」
夢中で喋り続けた僕が気付かぬうちに、そこはもう曲がり角だった。
作品名:あの夏、キミがいた。 作家名:ヴィンセント