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ヴィンセント
ヴィンセント
novelistID. 41447
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あの夏、キミがいた。

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 僕は、彼女の震える声が告げる単語の数々を頭の中で繋ぎ合わせることすらできず、ただただ呆然として、乾いたアスファルトを濡らす彼女の涙の跡を見つめていた。

 お父さんの転勤、海外、家の売却、行きたくないでも行かなければ、日本にはいつ帰る分からない、行きたくない、いつ行く?・・・・・・明日。

 途切れがちに空気を震わす彼女の声、ようやく聞き取れた言葉の数々を必死で紡ぎ合わせる。

「ゴメン・・・・・・もっと早く言わなきゃって、でも、今日どうしてもキミとお祭り行きたくて、グスン。」

「・・・・・・」

「ホントのこと言ったら、今日一緒に行ってくれないかもって思っちゃって、えへ、ゴメンねいきなりこんなコト・・・・・・卑怯だよね。」

 俯いたままの彼女の頬を次々とつたい落ちる涙をぼんやりと見つめながら、僕の頭の中で色々なことが重なり合い、やがてひとつに結びついた。

 昼間見た大きなトラック、タバコ屋の老婆の呟き、彼女との電話の向こうの騒がしい音、坂の下で待ち合わせ、早く帰らなければいけない理由。

―なんだ、よくよく考えれば分かりそうなことじゃないか―

 それに明日発つのなら本来、今夜ここでこんなことしている暇なんて無かったんじゃないのか?それなのにわざわざ浴衣を着てまで、そして慣れない下駄でたくさん歩いてまで、僕との約束を守ってくれた、それなのに、僕は目の前で謝る彼女に何も言葉をかけられないでいる。

「ごめ・・・・・・んね。ここでいい、送ってくれなくていよ・・・・・・」

 浴衣の袖で涙を拭いながら振り向き駆け出そうとする彼女が突然よろめく。

「あっ!」

 カラカラン、と音がして彼女の足から離れた赤い鼻緒の下駄がひとつ、アスファルトに転がった。僕はあわてて彼女に手を伸ばし、黄色い帯が結ばれた細い腰を抱きかかえる。