ちぎれた世界にて
「さて、こんなところから早く出て、船に乗って帰ろう」
尾張は女の子のことなど気にせず、エレベーターのボタンを押した。
「1階にはゾンビがいるじゃないか!!!」
エレベーターの行き先が、ロビーがある1階だったので、石井が慌てて言う。ロビーにはゾンビがいるはずなのだ……。しかし、尾張は、
「バカかおまえ? さっきも言ったが、ゾンビもこの世界では気絶しているんだぞ?」
バカにする口調でそう言った……。
エレベーターが1階につき、ドアが開くと、ロビーに寝転がっているゾンビがたくさんいるのが見えた……。ロビーは不気味なくらい静かだった……。
「足元に気をつけろよ。あと、死体を持ち帰るなよ」
尾張はそう言うと、他の3人とともにエレベーターから降りていった。石井と高倉は、残念そうに、藤林と宮武の死体を持ち帰ることをあきらめた……。
「女の子に目隠しを」
石井がそう言うと、高倉は片手で女の子の目を覆い隠した。これ以上、彼女のゾンビの姿を見せるわけにはいかなかったからだ。
台風は通過したらしく、研究所の外は明るかった。西に傾き始めている太陽の日差しが、台風一過の青空で光り輝いていた……。
彼らが乗ってきた豪華客船は、まだ沖合いにいた。どうしてまだいるのかと(いないと困るが)、石井は思った。
「帰りもボートだぞ」
どうやら、帰りも、発射機からのボートに乗らなくてはならない。だが、また服が濡れることなど、石井たちは気にしてなかった。足早に砂浜を歩き、島の端にある発射機を目指す。
何度も研究所のほうを振り返りながら歩き、発射機に着いた。発射機の発射操作は、時限式でもできるようで、1つのボート(定員は5人)にみんな(女の子を含めて7人)で乗りこむことにした。
「1人か2人多くても大丈夫だろ」
尾張のその言葉を聞いた石井は、エレベーターでの定員オーバーのときの件を思い出したが、黙っていることにした……。
そして、彼らのボートは発射機から発射されて、海に着水した。定員オーバーだったことで、行きよりも水しぶきが激しかった。
そのころ、豪華客船では、銃撃戦が繰り広げられていた……。船に、中国の武装工作員が20人ほども乗りこんでおり、警備員たちが応戦していた。
しかし、敵は自動小銃『AK47』も装備しており、拳銃しかない警備員たちは、船のブリッジまで追い込まれることになった。富永という名前のあのスーツ男は、船ではなくヘリで帰ったらしく、護衛の兵士もいなかったのだ。
「もはやこれまでか……」
船長である七島は、ブリッジで弱々しく呟いた……。この船は富永たちの極秘作戦に関わっているため、無線で救援を呼びかけることができないのだ……。