一緒に帰ろう
上から優しい声が聞こえてナツは夢布団から顔を出す。目の前に現れた俊介の顔を見ると、ナツはふにゃふにゃと何か言いながら思考回路の線と線を繋いでいく。
そして、すべて繋がった時、やっとナツは自分の状況を理解する事となる。
「ご、ごめんなさい!!何やってんだろう私っ」
とっさに俊介から離れたナツは結局尻餅をついた。
「っ痛ーい」
「はい」
俊介は笑いながら手を差し出す。それを見ていた他の社員も大笑い。冷やかしの声も飛んでくる。
ナツは恥ずかしくて顔が上げられなかった。
「・・・ありがとう」
ナツは俯きながら俊介の手を借りてゆっくりと立ち上がった。
お尻をぱたぱたとはらう。
「お疲れ様でした」
俊介が笑いながらそのままナツの手を強く握った。
「・・・うん、お疲れ様。二次会?」
ナツは握られた手を見てさらに顔が熱くなる。
「はい。川原さんも行くでしょ?」
「私はやっぱり関口君と大人しく今日は帰るの。って言っても方向逆だから直ぐそこまでなんだけど。ちょっと飲み過ぎちゃったし。」
ナツはそう言って顔をぱたぱたと仰いだ。こうでもしなきゃ顔の熱は取れそうもない。
「え!?そうなんだ・・・。」
一瞬俊介の顔が曇ったのが分かった。
「でも、一人で帰らすの心配なんですけど」
どきんとしてナツは俊介を見つめるが俊介は真剣な眼差しを向けていた。
ナツは動揺を隠しながら社交辞令、社交辞令と自分に言い聞かせる。
「じゃあね、楽しんできてね」
ナツは逃げるようにそう早口で言うと、関口の元へ駆け寄った。その様子を俊介は黙って見送っていた。
駅に着くと直ぐに関口の乗る電車が入ってくるのが分かった。関口はそれに気付いて、慌てて定期を出すと
「川原も気をつけて帰れよ」
そう言って、改札口を抜けると階段を勢いよく降りていった。関口が後ろ向きで手を振っているのが分かった。
相当早く家に帰りたいのだろう。可愛い愛娘が待っているのだから。
ナツは関口のあまりの慌てぶりに一人で吹き出した。
ナツの電車も直ぐに来るのは分かっていた。でも、少し酔いを冷したかったから1本は見送るつもりでいた。
ゆっくりと改札を抜け、ホームまで出ると、かろうじて自分ひとりが座れそうな空いているベンチを見つけた。
ナツは腰掛けると、腕時計を見る。まだ22時前ということに気付くと少しホッとした。この時間ならまだ、自宅までの道のりに自分以外の歩行者がいるからだ。俊介と比べるとちょっとオバサンかもしれないけど、世間一般的にはナツも若い女性の部類に入る。家族はもちろんだが、自分が一番心配しているのだ。
家の向かいに住む健ちゃんパパと一緒になるといいな、、、などと都合の良いことを思う。
別にタイミングが合ったところで一緒に帰った事などは1度もない。
ただ、お互いの存在を確認しながら歩くだけなのだ。健ちゃんパパもこの物騒な世の中、男だからと言って安心してるわけがない。
そんな事を考えてるうちに電車がホームに入り、乗客の昇降が済んだころ発車のアナウンスが流れる。
そして、ゆっくりと電車が走り出した。
その時、階段をものすごい勢いで降りてくる足音が聞こえた。
乗り損ねたのだろうか、、、
階段から現れた男性は走り出した電車を「くっそー」と残念そうに見送っていた。
相当、急いだのだろう。肩で息をしているのが十数メートル離れたナツでも確認できた。
安心して、、次の電車直ぐにくるから。
そう声を掛けてあげたいくらいだ。
なーんて、そんなお節介がやっぱりちょっとだけオバサンみたい。ナツはそんな事を思ってひとりでクスクスと笑った。
そしてふと、俊介を思い出す。
あーあ、、二次会行きたかったな。。
ナツはため息をついた。
「川原さん!!!」
いきなり自分を呼ぶ声がしたので体が飛び跳ねた。
ナツは声がする方を見ると、さっき階段を駆け下りてきた男性がこちらに向かってくる。
向かって来る途中でナツは見覚えのある人物だと気付いた。
「高橋君・・?」
「よかった-、、、今の電車で帰っちゃたのかと思った」
まだ治まらない呼吸を一生懸命落ち着かせながら俊介は言った。
「誰が?」
ナツのその言葉に俊介が目を丸くしてナツを見つめると、一瞬の間が空いた後、ぶはっと吹き出した。
「川原さんに決まってるじゃないですか!」
「え!?私?」
何が何だか訳の分からない事を言う俊介に?の顔でナツは見つめる。
「送って行きます」
耳を疑った。送って行くって。いいよいいよ、二次会あるんでしょ??私なら大丈夫、きっと健ちゃんパパとばったり会うから。
ナツはそう思った。でも言葉が出てこなかった。ちょっと安心した自分もいたのだろうか。それともやっぱり図々しいオバサンだから遠慮無くご厚意に甘えようとしてるのか?
俊介はナツの横に「よーいしょ」と大げさに腰を下ろした。
ナツはチラッと俊介の顔を覗う。なにを考えているのか?本当に二次会はどうしたの??
俊介の横顔は少し視線を落として、何も話さない。
しばらくして電車が入って来た。降車が始まると俊介がスッと立ち上がりナツにてを差し出した。
「行きましょう」
「え?本当にいいの?」
「はい」
ナツは俊介の顔と差し出された手を交互に見つめると俊介の手を取りゆっくりと立ち上がった。そのまま手を引かれて電車に乗り込む。
電車は直ぐに走り出した。空席は多いが自分たち以外にも乗客はそれなりにいる。
席に着く時、繋いだ手は俊介の方からすっと放された。
「ふたつ目で降りるから」
「なんだ意外に近いんですね」
俊介がそう言って前を向いたまま笑った。
あ、その顔見たかったな。って、こんな時になんてこと考えているんだ、私。
結局何も話さないまま駅に着いた。
ナツは定期を通し、俊介は切符を乗務員に渡して改札口を出た。
「外灯何にもないんですねぇ」
ふたりで並んで歩いていると、俊介がそらを見上げて言った。
「あっ、うん。もう少し行くとあるよ。やっぱり外灯がないと塾帰りの子供達が危ないからって、毎年の予算から少しずつ設置してるところなの」
「へぇ、そうなんですか」
俊介は納得したように頷いた。
やっぱりその後も会話は途切れて、ナツは一番気になる事を訪ねた。
「二次会はどうしたの?」
「ん?こっそり逃げて来ました」
そう言って俊介は悪戯っぽく笑う。
「こっそりって、、。高橋君目当ての子多いのに、今頃大捜索してるよっ」
そんな回答にナツも笑ってしまった。
「仕方無いじゃないですか。川原さんひとりで帰すの心配だったんですから」
「え・・・?」
「関口さんは違う路線で帰るの知ってたし、川原さん1人になるって思ったから」
俊介は真剣な顔をしていた。ナツも一言一言聞き逃さないようにしっかり聞いた。
「私のために・・・?」
ナツが一か八かで聞いてみると、俊介は深く頷いた。
「嘘ー!?ないないない、あり得ない!!高橋君が私の為にだなんて!!」
いつの間にか酔いなどどこかへ吹っ飛んでいて、ナツの頭はフル回転していた。
「ぶはははは。川原さん、否定しすぎです。俺ちょっと傷付きました」
俊介が笑いながら目に涙を溜めてお腹を押さえてる。
「違っ、あのね、そういう事じゃなくて。だって、、、その、、」