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一緒に帰ろう

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「川原さんっ!」
金曜日の午後5時半を少し回った頃、早く仕事を終わらせ帰ろうとエレベーターに乗り込んだ川原ナツをそう呼び止めたのは入社1年目の高橋俊介だった。
ナツはびっくりして閉まりかけたエレベーターから慌てて降りる。
俊介も早足でナツに追いつくが、少し息を切らしていた。

 ナツと俊介は同じ部署の先輩後輩の関係にあたる。ナツは今年の春入社した彼の指導係だった。 そこそこの長身と甘いルックスが女子社員に評判の俊介。人気はあるものの、出しゃばりすぎず、控えめな態度も人気の理由なのだろう。
もちろんナツも密かに想いを寄せてはいたが、とても公に出来る身分ではなかった。
今年で入社6年目のナツ。仕事上では俊介より5年も先輩だけど、以外に年齢差は3コ…とそうでもない。とナツ視点からはそう思っていても俊介から見たら相当な「オバサン」感覚だろう。
そんな我が社のアイドル君がどうやらナツに話があるようだ。
「今日の二次会なんですけど…」
まだ治まらない荒い呼吸をこらえながら俊介が言った。
「あぁ、忘年会の?」
今日は会社の忘年会。いつもは19時頃まで残業は当たり前のナツも今日だけは定時で帰れることとなった。俊介が2次会の事を聞いてくると言うことは、もちろん一次会(忘年会)も行く事になる。ちょっとだけナツは楽しみにしていた。もちろん露骨にはそんな素振り出せないが。
「そうです、川原さんも行きますよね?」
「そのつもりだけど・・どうして?」
もちろん、そんな事聞かれたら気になる。
「あっ、別に。ならいいんです、じゃ、会場で」
「あっ、うん。あとでね」
と答えつつも、ナツの頭の中は?でいっぱいだった。


結局ここへ来る前に本屋へ寄り道をしてきたから、ナツより後から退社した人の方が既に席に着いていた。ナツも部署ごとにセッティングされている席を見つけ腰掛ける。
「遅かったですね?」
「そう、ちょっと書店に寄ってて」
ナツは先に着いていた俊介に聞かれて正直に答える。
ナツの会社の忘年会は毎年、贔屓にしているホテルの披露宴会場で開かれるのが常だった。乾杯までは指定された席に座っているのだが、結局直ぐに立食パーティー形式になってしまう。

予想通り、今回も乾杯後直ぐに各々好きな仲間の所へ席を立ち、あっという間にいなくなってしまった。気がつくとテーブルにはナツと俊介の2人っきりになっていた。ナツは何か話題を探そうと思うあまり、余計に無口になってしまう。

「俊介君、あっちで一緒に飲まない?」
その声に俊介が顔をあげた。
その声はナツでは無い。今村はるかだった。いつの間にかウーロン茶片手に俊介の席の隣にぴたりとくっついていた。はるかは3年前にナツと同じ高卒で入社。年齢は俊介より1つ年下になるのか。
俗に言う「愛されキャラ」のはるかは男性社員の人気も相当なものだ。
はるかは俊介の袖をツンツンと引っ張ると、それに促されて俊介は席を立ち、はるかと一緒に歩き出した。その後ろ姿をナツは自然と目で追っていた。
その時、気のせいだろうか、不意にはるかがこちらを振りかえり「ふっ、、」っと笑ったのだ。
ナツもそこまで鈍感ではない。はるかの勝ち誇った笑みに少しだけ苛立ちを感じた。
「若いふたりで仲良くどうぞ」
と、心の中で口を尖らせた。それがナツの精一杯の強がりだった。

「ナツー聞いてぇ」
同期の香織だ。少し離れた所から色気むんむんの彼女がワインの入ったグラスを持って近づいてきた。聞いてぇというのは香織のお惚気話なのはいつもの事だ。それがナツの役目。来春結婚を控えてる香織は今、幸せ絶好調なのだ。ナツもいろいろ香織には相談に乗ってもらっている以上、それくらいの努め(秘)は当然のことだろう。
「いいわねー、香織は幸せいっぱいで」
「なによそれー。まぁ、本当の事だけど?」
香織そう言ってふふふと笑った。その笑みは本当に幸せそうで、ナツも幸せな気持ちになるくらいだ。
「でも、ナツいいの~?俊介くん行っちゃったよ」
香織は別。もちろんナツの気持ちも知っている。ナツの見守り型の恋愛観に相当呆れモードだが、自分たちのリスク(年の差)も十分に理解しているため、俊介に関してはかなり慎重になっている。
「仕方無いよ、、、さすがに私からじゃ声掛け辛いし、向こうから来るのは望めないし。ははは」
「ちゃんと笑えてないよ、ナツ」
わざと大げさに笑ってみたナツを香織はバッサリ。
そして、ナツと香織は自分たちよりちょっとだけ若い女子社員に囲まれている俊介を眺めていた。



いつの間にかパーティーも終盤を迎えていて、締めの挨拶が遠くに聞こえる。テーブルには空になったワインボトルが置かれている。気付けばナツがほとんどを飲んでいた。
「ナツー、大丈夫?」
ふわふわと歩き出したナツに香織は心配そうに肩を貸す。
「今のところ大丈夫っ」
ナツはそう言ってイエイとピースサイン。それを見て香織が呆れたように笑っていた。

会場のホテルを出ると、歩道で俊介を取り囲むお花の香りの女子社員が二次会へ行こうと盛り上がっていた。
それを少し離れたところからナツと香織は見ていたが、香織は婚約者と待ち合わせをしているらしく「じゃ、お先にっ。また月曜日ね!」と早めに切り上げ足早に帰って行った。
「川原、お前二次会行くのか?」
ちょうどそこへ同期の関口がやってきた。といっても、大卒入社だからちょっとだけ、ナツより大人だ。
ナツは女子に囲まれた俊介を見て考える。あっちは若い子同士の方がいいよね。香織もいないし、上司は女の子のいる店行っちゃうし。
そう考えたら今日は大人しく帰るのがいいとナツは判断した。
「行かないよ~。関口くんも帰るでしょ?笑ちゃんが待ってるもんね」
関口には去年生まれた愛娘がいる。関口の親ばかっぷりは社内でも有名だった。
結局、駅まで一緒に行こうという話になって歩きだそうとしたがナツは足を止めた。
今日夕方、俊介に2次会へ行くと話したのを思い出したのだ。ナツは自分が2次会へ行こうが行かまいが、正直俊介にとってどうでも良いことだとは思ったが、このまま俊介に何も言わず、むしろ俊介が自分が帰ったことすら気付かないのはナツにとってはやっぱり寂しいことだと思ったのだ。
「あっ、関口くんちょっと待ってて」
ナツはそう言って俊介の方へよろよろと歩き出した。やだ、なんか真っ直ぐ歩けない。
ちょうど俊介が女子社員から抜けて上司に挨拶しているところだった。
ナツが近づいて来ると俊介もそれに気づき、駆け足で近寄ってくるのがぼやけた視界の中でもかろうじて分かった。
「あっ!」
ペタンコ靴なのに足が言うことをきかず、ナツは前へ転びそうになった。それをタイミングよく俊介が抱えてくれたので事なきを得たのだが、俊介の胸の中にすっぽりと収まったナツは何をどう勘違いしたのか、、、
「暖かくて気持ちぃー」
「え?」
だが、ナツは急に布団の中にいるような気持ちになっていた。なんて気持ちが良いのだろう。
ナツは夢心地で顔を埋める。
その状況に俊介はどうしていいか解らず固まっていた。
「あ、あの川原さん、大丈夫ですか?」
作品名:一緒に帰ろう 作家名:ケム