アグネシア戦記【一巻-三章】
少女は道を譲るように半身になりながらグリフォードを避け、勢い殺せぬグリフォードはそのまま真っ直ぐに進んでいく。
「おらああ!!」
そこでラルフがグリフォードに目が行っているであろう少女に向かってこぶしを放とうとする。
【ドゥン!!】
再びの爆発。
「なんだ…と?」
少女はかろうじて見える口元をわらわせ左手からスパークウェブをラルフに放った。
【ドゥン!!】
ラルフの胸を風の弾丸が抉り、ラルフの巨体を軽々と吹き飛ばす。
「ラルフ!」
グリフォードは少女が誘いには目も暮れずラルフを倒した事に動揺しながらも、身体を大きく回してその背中を切り裂こうと剣を横殴りに振るった。
「ああああ!!」
音速で襲いかかる斬撃…しかしそれが放たれ少女を切り裂いたと思えば同時に少女の姿は虚空に消える。
「な!?」
グリフォードは驚き目を見開き、素早く振り返るがもう遅い。
【ドゥン!!】
グリフォードの額を少女のスパークウェブが抉り、グリフォードの身体を吹き飛ばしていた。
「ぐあっ!」
飛ばされたグリフォードはそのまま木に背中をぶつけ口から肺にたまった息を吐き出す。少女はさらに体を回しながらグリフォードを指差す――
【パラライズショック】
それは追撃である、指先から迸った紫電がグリフォードの身体を貫き、全身を激痛が駆け巡る。グリフォードは声にならない悲鳴を挙げ、崩れるように倒れ気を失った。
「…っのやろう!!」
ラルフはダメージの回復と同時に立ち上がり、一気に少女へと向かってゆく。
再び向かって来たラルフを少女は軽々しく流してラルフの背後に立つ。
「バカの一つ覚え!」
少女は再び振り返るであろう位置に指先を向ける。
「てめえがな!!」
ラルフは、両手で地面を叩き。地面を爆発させ粉塵を巻き上げる。
「!!?」
一瞬視界を粉塵に塞がれた少女は後退するも間に合わず爆風をもろに食らい、身体が押されるも倒れずに再び両足を地面につけて踏張る。
「よくも!!」
爆風でフードがはぎ取られ、ツインテールに結んだ髪が乱れ幼さを残す顔が露になる。ラルフは少女が体勢を崩したのを見るや一気に間合いを詰め。
「くらいやがれ!!
渾身の力を集中させた爆発を纏う一撃を放った。直撃すれば少女等粉々にしてしまう程の威力…しかし――
【バインド】
少女には届かなかった。ラルフの拳は少女の寸前で止められていた、それどころか首以外動けない状態にあった。
「チェックメイトですね」
勝ちを確信した少女はゆっくりラルフの足元に指を差す。ラルフがその指先を目で追い掛け、足元を見るとそこには自分の周りを囲む円が描かれていた。
「ち…なんだ!こりゃ」
必死にもがこうとするラルフ、しかし体はぴたりともうごかない、それを見た少女は勝ち誇ったように口元を笑わせ指先をラルフに向ける。
【パラライズ…】
ゴスン!!――もうむりか…と、ラルフが目を閉じた瞬間に鳴る激しい打撃音…
「がっ!は…」
響いたのは少女のうめき声だった。ラルフが目を開くと、そこにはフリルが飛び蹴を少女のわき腹に突き刺さしている光景が飛び込んでいた。
「調子に乗ってんじゃねえ!!!」
【ドゥン!!】
フリルの叫びとともに少女のわき腹にハンマーで殴られたような衝撃が走り、少女はそのまま横にぶっ飛んで地面に倒れ、転がる。同時にラルフを拘束していたバインドの効果が無くなり、ラルフは地面にへたりこんだ。
「大丈夫?ラルフ」
ラルフに背中を向けたままそう言い、嘔吐しながら地面を転げまわる少女を睨み付けていた。
「おま!…隊長は平気なのか!?」
ラルフは素早く立ち上がりながら聞き返した。
「へ?なにが?…」
フリルは何事もなかったかのように振る舞っていた。
「なにが…て!一撃をもろに受けてただろうが!」
ラルフの反論にフリルは首をかしげる。不機嫌そうな顔をする。
「はあ?あたしがあの程度の攻撃一撃でダウンすると思うの?」
フリルは実に不機嫌そうだった。スパークウェブという魔法は恐らく空砲のような物に違いない、その威力はラルフがうけたものと同じならば一撃で内臓にダメージを与え意識を失わせる程の威力であるには違いなかった、それをあの程度と言い放つのだから彼女には全く聞いていない事が見てとれる。
「隊長、加勢するぜ」
ラルフは戦況が傾き始めたのを見越してフリルの横に立ち、よろよろと立ち上がるマリアに目を向ける。
「ラルフは離れなさい、ここではあんたの出番はない」
フリルはそれを口と手で制止する。
「な!何でだよ!」
「女の戦いよ!あんたはグリフォードを助けてなさい!!」
【アクアレイザー!!】
同時に、鮫のヒレの様な水の刃が、地面を引き裂きながら向かって来る。
「甘い…わ!よっと!」
フリルは右手で地面に手を付いき地面に衝撃が走り土が舞い上がり、水の刃を相殺し粉塵を巻き上げる。
「絶対許さない!お前だけはああ!!」
少女は怒り狂う余り手当たり次第に魔法を放ち、木々をなぎ払う。
「ラルフ!さっさと離れなさい!!巻き込まれるわよ!!」
フリルはそう涼しげに未だうごけないでいるラルフに叫んだ。
「わっ!わかった」
ラルフは慌てて背を向けるなりグリフォードの方へ向かう。
「させるかあーー!!」
少女は動いたラルフに反応し、手をかざす。
「あんたの相手は!!」
その前に目にも止まらない早さで少女の至近距離に近づいたフリルが飛び込みその顔面に一撃を放つ。
「【ディフェンサー】!」
それをみて少女は光の結界を展開し、フリルの一撃を防ぐ。
【スパイラルエア】
続け様に放たれる魔法、空気が魔力により圧縮されドリルのようになりフリルに襲いかかる。
「一度見た技は!効かない!!」
フリルは肘でそれをまるで蚊でも払うかのように弾いて掻き消した。
「なっ!!」
動揺する少女等お構い無し、同時に少女の右足目がけて身体を回しながらのローキックが放たれた。少女が見たときにはもう間に合わない。
バシッ!――小さな女の子らしい弱い打撃の音、しかし。
【ドゥン!!】
後に強烈な衝撃が少女の細い右足に襲いかかった。
ベキベキバキ!!!――強烈な骨折音が少女の脳裏に駆け巡る…それが激痛に変わるより端役、フリルは拳を握りしめ。そして―
「ぱ…パラライ…」
【ドォン!!】
最後の攻撃としようとした少女の顔面にフリルの小さな拳が突き刺さり、そのまま頭を地面に叩きつけ、少女の意識は薄れていった。
「ほら…起きなさい…」
誰かが少女の頬を叩いた。その瞬間、少女の闇が光に変わって行く。自分を囲むように覗く三人の顔。敵の顔…。
「くうっ!!!…」
弾けるように飛び起きた少女は魔法を放とうと身構える、しかしその直後に身体を激痛が駆け巡った。
「あぐっう!!」
少女は身体を抱きしめるように再び地面に崩れ蹲り。自分の足を見ると右足は赤黒く腫れていた。
「ねえあんたさ…、回復とか使えないの?」
それを見ていたフリルは呆れたようにそう言いながらしゃがみこむと膝に肘を乗せて頬杖を付いた。
作品名:アグネシア戦記【一巻-三章】 作家名:黒兎