アグネシア戦記【一巻-二章】
「当たり前じゃない、伝令を走らせる必要があるなら当然の如く1日はかかる道のりって訳でしょ?そして伝令が帰って来るのは翌日の朝だろうからそこで伝令を始末しちゃえば情報は滞る、次に横の偵察布陣に伝令を送ろうとするけど、そこには既にあたし達がいた、だからそこでまた伝令を始末すれば情報はどこにも行き渡らない……情報操作は戦争の基本よ?」
恐ろしい人だ…グリフォードはラルフと目を合わせ同じ事を思っただろう。
「そんで、伝令が来なくなった上に貴重なレイヴン能力者であるラルフまでいなくなったのよ?彼らは焦るはず…多分1週間を待たずに大軍団での拠点攻略を始めるでしょうねぇ…」
平然とそう予言をするフリルの顔をエリオールは呆然とみつめながら聞く。
「勝算は?」
フリルはニッコリと笑った。
「あたしやグリフォード、ラルフはともかく、この街にいる兵士たちはあまりにも脆弱過ぎるわ、たかが一万の兵力ですら三日持たないでしょうね、あたし達はエリオール様を優先して引くから…今のままなら限りなく0ね」
エリオールは、やはり…とでも言いたげに顔をしかめるもその言葉に隠された意味を読み取ればグ…と身を乗り出して尋ねる。
「限りなく…ということはやりようによってはこの状況を打開できるというのか?」
エリオールの問い掛けにフリルは大きく頷くと立ち上がり、本棚に向かう。
「はい、ただ…ある者達の協力が必要です。その者達のたった一人でも仲間に加えることが出来れば…戦況は大きく傾きます。」
フリルはそう告げながらもどこにでもありそうな童話のタイトルを探していた、そこでグリフォードが驚き声をあげる。
「たった一人でこの戦況を変える!?ばかな……そんな者達が…どこに…」
「そんな奴、いる訳がねえだろうが…いたとしてもとっくにやられてらぁ」
ラルフもわけがわからずにグリフォードに同意して苦笑していた。
「それで?その者達とは?」
フリルは、あったあったと一冊の本を引き抜いてエリオールの元に向かい。ジ…とこちらを見つめるエリオールに引き抜いた本を見せる。その本は童話だった――題名は『腰抜け魔法使いの鎮魂歌』。
「魔法使い?…」
エリオールの言葉にフリルは大きく頷く。
「ここから北西に約100Km、龍の谷と呼ばれる大きな渓谷を越えさらに北西したところに【人食らいの森】という大きな森があります」
それまでは人を食ったような態度を見せていたラルフがその名を聞くと慌てたように立ち上がる。
「人食らいの森だと!?」
人食らいの森…龍の谷を越えた先に存在する大きな密林。入った者は二度と帰って来れないと言われている魔の森として有名なその森の名はラルフのような豪傑でさえもはいることをためらわせ慌てさせた。しかしフリルは至って真面目な表情のまま自信タップリに続ける。
「はい、人食らいの森の中に【ウィプル村】という魔法使い達の隠れ里があると私は聞いています」
そんなフリルに対しラルフは真っ向から対抗する。
「隊長!ふざけんなよ?…おれは調査に行った事があるが…あんな巨大で危険な魔物や獣人がうじゃうじゃいる森に村があるだあ!?」
「ええ、そうよ?」
対してフリルは大きく頷き更に付け足す。
「そんな魔物達が今までその村を襲うことすら出来ない…つまり、ウィプル村の魔法使い達はそれほどに強い力があるということ。十分戦況を覆す鍵となり得るわ」
エリオールは自信タップリなフリルを見て首をかしげる。
「なぜフリルはウィプル村という村があるとわかるんだい?わたしは生まれてから今まで魔法使いや魔法使い達の隠れ里が有ることなんて聞いたことが無かったけど…」
フリルは顔色を変えずに答える。
「ウィプル村は私達のような表との交流を避けて生活しているそうです、まあ中には表に出てきて浸透している魔法使いもいるようです…わたしもこちらにくる前に、ウィプル村から来たという魔法使いのおじいさんから直接聞ききました。行き方も把握していますから大丈夫です」
フリルの愛らしいウインクを見て苦笑するエリオールに、ラルフは降参といったように腰を下ろし、グリフォードは何の話しかさっぱりわからずにオロオロしている。そしてフリルは切り出した。
「というわけで、わたしはこれからこの二人を率いてウィプル村に向かい協力を呼び掛けに行き、一人でも多くの魔法使いをここへ連れて来ようと思います。許可を頂けますね?」
エリオールは渋々頷くと立ち上がり、穏やかな笑顔を作る。
「うん、許可しよう。宜しく頼んだよ?」
了承を得たフリルは非常に早かった。ラルフとグリフォードを引きずり回し、馬や旅に必要な道具、食料をその日の内に揃え、クタクタな二人に鞭を打って馬に乗り、その日の内に国から出るのだった―。
休みなく旅を続けた一行は2日で100キロの道のりを越え、龍の谷の入り口へとたどり着いた。
「ここから馬は使えないわね…」
フリルは馬から飛び降りると、馬に載せた荷物を外して地面に下ろすと馬に付けられた装備を外してしまう。
「さ、野性にお戻り?」
とフリルが囁くと馬はフリルに言われた通りに鳴き声を挙げて何処へともなく走って行った。
「まったく…情けない。それでも騎士なの?」
フリルの目線は地面にあった、そこにはラルフとグリフォードが横たわっている。
「1日だけ…休ませ…」
ラルフの一言。
「ダメ」
フリルはあっさりと却下する。
「悪魔…」
グリフォードの悲痛な叫び。
「結構。さあ立ちなさい?男の子でしょ?」
やむを得ず立ち上がる二人は自分の天幕と水筒の入った背納を担ぎ上げ、フリルがしたように自分を乗せてきた馬の装具を外して野に放つと、フリルを先頭に谷へと入っていく。
「隊長、これまでの移動で水も食料も底を付きました…」
グリフォードが前を歩くフリルに告げる。
「ええ、そうね」
フリルは涼しげに応える。
「で、馬も逃がしちまったから帰りの足もない…どうすんだ?」
ラルフも正直心配だった。中身がすっかり無くなり、天幕のみで軽くなった背納を肩に掛けなおしながら聞いた。
「さあ、何とかなるでしょ?」
フリルは、それも涼しげに流してニコニコとしていた。
ひたすら続く昇り坂、道は舗装などされておらず、険しい道には変わり無い。そして足を滑らせたらただでは済まないであろう巨大な渓谷が横目に広がる。時刻は夜中で真っ暗で辺りが見えない一本道、突然フリルが足を止めて振り返る。
「今日は此処で野宿ね」
フリルの一言で二人は崩れるようにへたり込み背納を降ろすと焚き火を作ろうとした。しかしフリルは手でそれを制止する。
「ここで火はだめ」
グリフォードとラルフは互いに顔を見合せる。
「獣や魔物に襲われるのでは?」
グリフォードの心配は最もだったがフリルは涼しげに渓谷に背を向けるようにして自らの正面を指差した。そのとき、谷を一陣の風が吹き抜けた。グリフォードはフリルに指された場所を目で追いかけ、見るとそこには月明かりに映し出され、大きな洞穴があった…フリルはその真正面に立っていまだに体に似合わない大きな背納を背負っていた。
作品名:アグネシア戦記【一巻-二章】 作家名:黒兎