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アグネシア戦記【一巻-序章】

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「状況は思った以上に悪いわよ?」


そう言ってグリフォードに望遠鏡を渡す。

「何がです?」

グリフォードは望遠鏡を覗き込むと、目の前に広がる荒野を眺めるが敵の影は一つとしてない。

「あんた本当にアグネシアのエースなの?まったく…」

フリルはじとっとした目を向けながらグリフォードの頭を掴んでグイグイと動かして行く。

「ここから12〜3キロ先、右から敵の陣営が4つ、十キロの等間隔で一つずつ布陣してるわ…恐らく各陣営に百人前後の偵察部隊ね…」

フリルは淡々と告げる、しかしグリフォードの目には何もないので分からない。

「急ぎましょ!、夜までに!」

フリルは慌てた様子で空を見上げる―時刻は昼だった。グリフォードは訳がわからないまま、取り敢えず相槌をうった。

二人は高台から降りて正門に向かう途中に、古着屋の前で立ち止まる。

「グリフォード、着替えなさい…その剣もダメ」

グリフォードの服を差してそう言ってきた。


「え?…僕に死ねと?…服はともかく、この剣がないと…」

そんなグリフォードの反論にフリルは不機嫌を顔いっぱいに浮かべた。

「そんな装飾だらけの剣をもってたら直ぐアグネシアの剣士だってばれるわ?、武器は曲刀ね!服は…」

フリルはそう言って古着屋にグリフォードを引きずっていき、ボロボロの布服とローブをさしだした。

「あたしは、少しおめかししなくちゃね」

フリルは意味深にそういい。苦笑していた古着屋の店主をつき合わせて化粧室へと行ってしまう。こうして二人は旅芸人と旅人のコンビになり、旅人に紛れて正門を通過…その後フリルを先頭に徒歩で10キロ程の道のりを行けば、そこには確かに小さな布陣が存在していた。見事に地形を利用した陣営は、荒野と同じいろの天幕や布を使い擬装していた。近づかなければグリフォードですら気付けなかったそれをフリルは遠目から確認しただけで発見していたのだ。

「止まれ!!」

突然呼び止められるなり現れたボロボロの布を被った男、ボロ布に身を包んでいるが、隙間から見える鎧を見ることでこの男が魔王軍の兵士であることが伺える。

「なんだ貴様等?、まさかネビル・アグネシアの民か?」

フリルはグリフォードを一瞥してから白々しく首を横にふる。

「わたしは違う国より参りました旅の者です。昨日港に着きまして、観光をしていたところ先程あのお城から追い出されたのです」

フリルは顔をフードで隠したままそんな事を言った。すると魔王軍の兵士はフリルのフードを掴んで乱雑に剥がして顔を表させる。

「…女か…」

フリルを見た男は汚らしい笑みを向ける。しかしそんなことは気にした様子も見せずにフリルは続ける。

「あの…もう日も暮れます…出来れば今夜…見たところここはあなた方の陣営のようです、よろしければこの陣営にとめて頂けませんか?」

男は腕を組み考えるような仕草をする、相手は魔王軍だ、そんなボランティアのような事をするわけがない、グリフォードはゆっくりと手を腰の刀へと持っていく。しかしそこでフリルのダメ押し。

「もし許して頂けたら…そのあなた様だけの今晩のお供に…」


グリフォードは隣で見ていてフリルの演技力に感心していた。フリルの容姿は子供だが魅力が無いわけではない。こんなふうにだめ押しに迫られたなら、普通の男でもコロリと落ちるだろう。

「こっちに来な…」

すると男はフリルの手を掴みグリフォードと共に陣内に入れて、途中で立ち止まる。

「そこが俺の天幕だ」

フリルは目を輝かせて男を見上げ、頬を赤く染めてから耳打ちする。

「大将様に見つかりませんように…夜が完全にふけたら参ります…」


フリルはそう言って男の耳元から離れる。男の方は上機嫌に頷き、物置小屋の天幕に二人を案内した。
フリルは彼が見えなくなるまで見送り、天幕に入ってくる。


「流石は隊長…」

グリフォードは改めて実感し、フリルはやや自慢気に胸を張る。

「でしょ〜?…じゃあ夜が更けたら作戦開始♪手早く物見と護衛をぶち殺して大将を討ちゃお?」

フリルは気軽にいいながら笑うと、グリフォードは本当にフリルが人間なのかと疑うように苦笑を浮かべた。

夜更け―

フリルは静かに立ち上がり気配を殺して、先ほどの男が言っていた天幕の側までやってきた。フリルが思った通り天幕の中からは何人もの人間の息遣いが聞こえている、フリルは入り口の前へ行き、周囲を見回し、視線が無いことを確認すると、大きく深呼吸して一気に入り口を開け同時に中に突入した。

【ドゥン!!】


数秒後、入り口が開くと中からは血塗れのフリルが出てくる―両手には磨り潰した男立ちの血肉がこびりついていて、フリルはそれを汚物が着いたかのような表情で天幕の布で拭い取り、乱れた衣服を正す。

「ふう…まさかあたし一人を二十人近くで回そうとしているなんてねぇ…男って本当にバカばっかりなのね…」

そんな風に自分が磨り潰した男達に愚痴をもらしながら、身体を伸ばしてフード付きのローブを脱ぎ捨て身軽な姿となる。

「そういえば、グリフォードは上手くやっているのかしら」


グリフォードは天幕の中で機を伺っていた…女性を大勢で回し殺害するのが趣味な彼らが、一緒にきた男を生かしておく訳がないからだ。

「この中か?」

外で何人もの男達の声が響き。同時に天幕の入り口が切り裂かれ男達が傾れ込むように入って来た。

天幕に入って来たのは五人グリフォードはゆっくりとそちらに顔を向ける。


「どちら様ですか?」

グリフォードはそういいながら脇に置いた剣を手元へ引き寄せる。

「どちら様だあ!?必要ねえだろう!今から死ぬてめえにはあ!!」


直後グリフォードは剣を抜き、五人の男全員を声を挙げる前に音速の刃で切り刻んだ。

「確かに…あなた方には必要ありませんね……しかし、隊長は上手くやっているでしょうか?…」


グリフォードは使い慣れない曲刀の血を魔王軍の兵士たちの衣服で拭いながら外へ出ると、鬼神の形相となり外にでていた護衛の兵士たちへと斬り掛かった。

その頃、フリルは物見台の上で男の口を抑えたまま喉元に男の下げていた短剣を突き刺して息の根をとめていた―男は声を上げる事もなく直ぐに絶命して崩れる―フリルは一度そこから見える3つの物見台を確認する。夜の闇では見えないが3つの物見台にはここと同じように人影があった。その人影はぴくりとも動かない、なぜならばフリルが全て息の根を止めていたからであるこれで、陣営にあった4つの物見台は全て制圧した事になる。

「さあて、後は…」

フリルはそう物見台から身を乗り出すと、静かになった基地内を歩き回る大将らしき男を見下ろした。余程の切れ者らしく、静かな基地内を不審に感じたのだろう、脇には剣を携えていた。

「ふぅん?気付いたんだ…まぁ…もう遅いけどさ…」
フリルはそう言って物見台からおり、大将の後へを追い掛けていった。

そのころ、グリフォードは天幕内部で寝ている敵の兵士達を次々と切り捨てていた。
凡そ100人に近い人数を切り殺し、外の警備も皆殺し、残るはこの陣営の大将だけだった。