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アグネシア戦記【一巻-序章】

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ドン!!―少女の無邪気な一言と共に、その左手の拳がグリフォードの顔面を貫き、凄まじい衝撃が脳を揺さ振った。そしてフリルの手から解放されたグリフォードの身体はぶっ飛ばされ、リングから転がり落ちてもとまらずに転がり続け。地球が回るような感覚に捕らわれながら意識を失った。

「っ…?」

フリルは自らの左手に目を向ける。そこには爪を立てていたであろうと思われる傷があり、白いフリルの肌を赤く染めていた。

「…へえ」

フリルは何を考えたのか転がって行ったグリフォードの後を追い掛けてリングから降りると、グリフォードの周りから声すら上げなくなった兵士達が、それはまるで火を見た虫の群れのように一斉に退き道をあけてゆく。フリルは気にせずに仰向けで気絶したグリフォードの側に近寄ればその顔を見下ろし、次の瞬間には頬を引っぱたいていた。

「はっ!!」

目を覚まし、慌てて上体を起こしたグリフォードはパチパチと瞬きして側にいる自分の身長の半分ちょっとしかない小さなフリルの顔を見あげる。

「君、気にいったわ」

フリルは満面の笑みを浮かべ、そんな状態のグリフォードに右手を差出してきた。

「な…なにを…」

敵である筈のグリフォードには訳がわからずにフリルを見上げたまま唖然とする。

「あたしは敵じゃないよ…だから。あたしの下に付かない?グリフォード・ロベルト」

それを聞いたグリフォードが反応に困っていると、痺れを切らしたかのようにフリルはその手を握り、無理矢理に、少女にはあり得ない力でグリフォードを引き立たす。

「え…えーと…下にとは?…」

「そ、あたしの仲間になりなさいよ」

その問い掛けにフリルは笑う。それはもう悪戯が大好きな悪ガキのような、そんな笑みで。

「わたしはフリル・フロル。魔王を殺しに来た者よ?」

グリフォードは唖然としっぱなしであった。

「………」

しかし、次の瞬間には少女の目に宿る絶対の決意に嘘が無いことを見極め、この先はこの少女に従い、尽くして行こうという決意をしてしまっていた。


「よくも迅雷を!!」

「己、魔王軍!!」

それを見ていた外野達が、次々に剣を引き抜いて思い思いの言葉を吐きながらフリルへと迫って来る。

「待って下さい!!」

そこですかさずグリフォードが声を張り上げフリルの前に立ち背に隠すと兵士たちを見つめた。

「止めるな迅雷!負けたからって…魔王軍に味方する気か!?貴様は裏切るのか!!」

兵士の一人は今にも斬り掛からんとしている。

「違う!」

グリフォードは大きく首を横に振って否定した。


「この人は魔王軍ではありません。何故なら、魔王軍であるならば貴重な戦力である私を生かしておく訳が無いからです。この人は私を迅雷だとは知らなかった、つまりこの人は魔王軍ではありません!」

反論の余地すら与えずに力説すれば、兵士たちは顔を見合せる。

「確かに…魔王軍にこんなガキがいた記録はないな…」

一人が呟き、構えを解く。
「確かに…迅雷を知らないのもおかしい」

そうして兵士たちは、納得したように剣を収め、散り散りに散らばって行った。

「お礼は言わないわよ?」
フリルはグリフォードの背中にそう告げれば。グリフォードが振り替えり腕を組んで睨んでいるフリルに会釈する。

「行くわよグリフォード、案内しなさい」

そんなグリフォードの態度などフリルは興味無さそうに頭の後ろに手を組んですたすたと歩いていってしまう。

「え?、…どちらに?」

グリフォードはリングに落ちた自分の剣を拾い上げて鞘に収め呼び止めると、フリルは面倒そうに振り返った。


「そうね、お城?でもその前に服屋ね!まさかあたしをこんな姿なまま歩かせようなんて思わないわよね?」

そう、フリルの服はグリフォードとの戦闘で色々な所を切り裂かれ、肌の露出率を高めてしまっていた。

「りょ!!了解しました…」

グリフォードは慌てフリルの後を追い掛ける。するとフリルは立ち止まった。

「あ…」

「どうしました?」

そんなフリルの横にグリフォードは並び、不振そうに顔を覗く。するとフリルは、今一度リングの方に身体を向け、目線が端に置いてあるお金の袋に向かっている。それをみたグリフォードは手を叩くと、頷いた。

「賞金を貰っていたんでしたね、取って来ますよ」

グリフォードはそう言えば再びリングに走って行った。


グリフォードの案内で広場を出たフリルは。服屋に向かいフード付きのローブや、子供用の衣服を先程の賞金を使って買い。ようやく連合軍の本部にたどり着く事が出来た。

「ここがアグネシアの連合軍本部です」

グリフォードはアグネシア連合軍本部となっている城をフリルに見せれば、フリルは腕を組んだまま退屈そうに見上げている。

「そう言えばフリルさん…」

「隊長と呼びなさい、グリフォード」

グリフォードの言葉をそう切り捨て、グリフォードは頬をかいた。

「えっ…は、はい…隊長」
グリフォードが言われた通りに言い返すとフリルは満足気に頷く。

「何かしら?」

そう腕を組んだままふんぞり返る。

「ケガは平気ですか?かすり傷とはいえ怪我は怪我なので…」

そう、フリルは一切手当てをしていない、かすり傷とはいえ剣による斬り傷は化膿や腐敗しやすい。グリフォードは心配して聞くとフリルは欠伸くらいの余裕を見せる。

「ああ、あたし傷とか怪我が治るの速いのよね…ほら」

フリルはグリフォードに自らの頬を見せた。そこはグリフォードのレイヴンミストルティンにより一番深く切り裂いたであろう場所だった、しかし頬には分からない程に薄い傷痕を残しているだけだった。

「これは…」

グリフォードは思わず傷痕に触れる。

「ひょっ!何触ってんのよっ!!」

フリルは変な声を挙げて飛び跳ね、すぐさま体勢を切り替えて右のこぶしをグリフォードの腹にたたき込んだ。

「ぐふおっ!!」

グリフォードは腹部を抑えながら地面に沈む。

「許可なくあたしに触るんじゃないわよ!わかった!?」

フリルは地に伏せたグリフォードの身体を足で踏みつけグリグリとする。

「す!…すみません…でした…」

グリフォードは腹部の痛みをこらえて立ち上がると、フリルは既に門の前にいた。

「なにやってんのよグリフォード!早く来て案内しなさいよ!!」

フリルは小さな身体を使い、怒りを顕にして呼んでいた。

「く…くっ…クソガキ…」
グリフォードは怒りをこらえながらも、フリルの言うことに従いアグネシア連合の長が集まる謁見の間へと案内した。
「おお…グリフォード!! どうしたのじゃ?、その娘は」

連合軍本部【ネビル・アグネシア城】その玉座に腰掛けた偉そうな老人―今回の戦闘で指揮をとるネビル・アグネシアの国王である。アグネシア国王はフリルを下から上まで舐めるように見つめると、いやらしい目つきに変わり立ち上がる。フリルは嫌な予感がしたが、グリフォードに任せて黙っておくことにした。

「ええ、このかたはフリル・フロル殿といいまして…」