ひとつだけやりのこしたこと
そしたら翌日さとみから電話が来た。
「ねえ、さとみからの電話なんて、ずいぶん久しぶりな気がする。」
「ふふ、だって、ちょーうきうきになる、って書いてあったでしょ。だからだよ。」
「ありがと〜。わたしね、さとみといろいろ話をしたでしょ、だから、だんだん、さとみがもう戻らないことを理解してきたのだと思う。ケンちゃんとうまくいっているし。それで急に『所与』を想い出したの。」
「うん、そうそう、所与だよ、所与。わたしそれを教えてもらった時のこと、覚えているよ。すごく納得したの。」
「うん。それでね、さあ、やるべきことをやらなくっちゃ、と思って、いま、さとみがここに置いていた服や化粧品を段ボールに詰めたの。あと、玉ねぎを少し入れてから送るね。服がけっこういっぱいあって、びっくりした。」
「ありがとう。わたし、本を返さなくっちゃね。」
「あのね、さとみ、もし持っていたいなら、またいつか読みたいのだったら、送らなくてもいいよ、見たくないなら送り返して欲しいけど。」
「持っていても、いいの?」
「いいよ。じゃあ、あげる。『ノルウェーの森』、さとみがほとんど生まれて初めて読み通した長編小説でしょ。たくさんその話もしたね。楽しかった。」
「・・・・うん。」
あ、また、さとみを泣かせそうになった。
「じゃあ、また土曜日にね。さとみ、電話、ありがとう。」
「つださん、つださんが少し元気になってくれて、すごく嬉しいよ。ありがとう。」
作品名:ひとつだけやりのこしたこと 作家名:つだみつぐ