二人の王女(4)
どうやら、精霊の凶暴さは、一足す一が二だというように、当然の知識のようだった。
「この世界には、人間の自由な意志と身体を欲する生体が存在する。この世界のすべては神の手によって創世された。神は、世界を神の代わりに自身の意志と身体で切り開き発展させる人間、動かない風物に命を与えられた精霊を創った。そしてそのどちらにも成れず命に意味を与えられなかった者もまた、この世界に残されたのだ。
しかし、自身に与えられた運命を満足に思っていない者たちが、たくさん在る。人間は良い、自身の意志で動くことができる。しかし、精霊は一度命を置かれた場所から動くことができない。だから、自由な身体を得ようと、人間の身体を求めるのだ」
あすかは、聞かされた突拍子のない話に、まるで童話の読み語りを聞いているような感覚を抱いていた。
「じゃぁ、あたしを襲った精霊は、あたしの身体を乗っ取るつもりだったの?」
「そういうことになる。無事で良かったな」
ひんやりと、背筋に冷たいものが走るのがわかった。夢とは云え、身体を乗っ取られるなんて笑えたものではない。
「精霊に身体を乗っ取られた人はどうなるの?」
「精霊はその人間になりすまし、ごく普通の人間として生きる。そうなってしまっては、余程の言動の違いなどがなければ、もう見分けがつかぬ。だから、厄介なのだ。ただ、時々森の樹が枯れてしまっているときがある。そのとき、精霊が誰かの身体を乗っ取ったのだとわかる」
「じゃぁ、もしこの中に精霊に身体を乗っ取られた人があったとしても、誰も気付かないのね」
「そういうことだな」
アークは、他の二人を見て云った。
「でも、身体を乗っ取れるのなら、もっと効率の良い身体を求めたりするんじゃないの?権力を持った人とか…」
あすかが云うと、マルグリットが「その心配はない」と云った。
「一度身体を得てしまった精霊は、その人間に同化する。人間は、他の人間の身体に魂を移すことはできない。だから、一度入ってしまえば、もう出られないのだ」
ふーんと、あすかはまるで夢物語のようなその話に、ただ曖昧に頷くだけだった。
どうぞ、とシェハがアスカに何やら紫色の怪しい液体の入った陶器の器を差し出した。マルグリットは一足先に、その陶器に口をつけていた。
アスカも試しにそれに口をつけてみると、それは思いの他に甘くおいしかった。