醜い男とカガミの旅
シルクハットの男は優雅にお辞儀をして醜い男に尋ねました。噴水の傍に立つ街灯に照らされたのは背の高い、きれいな顔をした若い男です。身なりもきちんとしているのできっと金持ちなのでしょう。醜い男に話しかける人など滅多にいないので、醜い男はびっくりして足を止めました。こういうきれいな格好をした人が醜い男に声をかけてくるときは大抵よくない時なのです。石をぶつけられるかもしれないので、醜い男は急いで逃げ出そうとしました。しかしふと、狭くて平べったいものを見下ろして考えます。お金持ちなら、もしかしたらもう一人の醜い男をお金の力で助けられるのではないでしょうか。
どうせもう他に頼るあてなど一つもありません。石を投げられたらすぐに逃げようと覚悟して、醜い男はシルクハットの男にこれまでの事情を話してみることにしました。
「こいつは俺の友達なんだ。狭くて平べったいのに閉じ込められちまって出られなくて、おまけに声も出ないんだ。なんとかして助けてやりたいのだけれど、魔女の婆さんもお医者の先生も駄目だった。みんなこいつを助けようとさえしてくれないんだ。ひどい話だと思わないか?」
醜い男が悲しげにそう言うと、シルクハットの男は今までの人間と同じように目をぱちくりさせました。不思議そうに首を傾げて、醜い男ともう一人の醜い男に何度も視線を行ったり来たりさせます。
「ここに君の友達がいるだって?」
「ああそうさ。どうしてだかみんな俺がいかれているっていうんだがね、ここにちゃあんと俺の友達はいるのさ。あんたはわかってくれるかい?」
「さてね、それはどうだろう。君が何を言っているのかわたしはさっぱりわからない。だからひとまず、これをよく見せておくれ。話は全てそれからだ」
「おお、そうか。よく見ておくれ。恥ずかしがり屋だから隠れちまうかもしれないが」
醜い男は頷いて、シルクハットの男に狭くて平べったいものを見せました。シルクハットの男は狭くて平べったいものを覗き込み、四角い周りの縁取りを指でなぞります。醜い男もさっきと同じように後ろからひょこっと覗き込んでみると、やはりもう一人の醜い男は心細そうに首だけ覗かせて隠れてしまっています。かわりに今度はシルクハットの男によく似た男がニヤニヤ笑って 立っていました。
「お前さん、その狭いものの中に一体何人いるんだい。そんなにたくさんいたら大層狭いだろう」
醜い男が尋ねると首だけのもう一人の醜い男は口をパクパクさせて何か答えていますが、声が出ないのでやはり何人いるのかはわかりません。
「なるほどねえ。古い鏡だがこれはなんの値打もない、ただのガラクタのようだ。これじゃあ銅貨一枚にもなりそうにないね」
シルクハットの男はがっかりしたように呟きました。しかし醜い男には一体なんのことだかさっぱりわかりません。
「あんた、何かわかったのかい。よかったら教えてくれないか」
「聞いていなかったのかい。ガラクタだと言ったんだ」
「そうなのかい。ここに閉じ込められたシルクハットの野郎はガラクタって名前なのか。隅っこの醜い奴はカガミっていうらしいよ」
醜い男は狭くて平べったいものの中に立っているシルクハットの男を見つめて言いました。見つめられたシルクハットの男はきょとんと狐につままれたような変な顔をしています。
「君は、ひょっとして本当にわかっていないのかい?」
そう尋ねたのは閉じ込められていない方のシルクハットの男です。
「なんのことだい。あんたは何か知っているのか。それなら教えてくれないか」
「何って、これは鏡じゃないか」
「ああ、そうさ。こいつの名前はカガミっていうそうだ。もしかして、あんたもこいつの知り合いなのかい」
これでもう一人の醜い男の知り合いに会ったのは三人目です。いいえ、最初に名前を教えてくれた小さな女の子も加えれば四人目でした。どうやらこのもう一人の醜い男はずいぶんと知り合いがいるようです。それなのに誰一人として彼を助けようとはしてくれないのは、やはり彼がとても醜いからでしょうか。。
「なあ、頼むよ。助けておくれ。初めてできた友達なんだよ。ここから出せないならせめて話だけでもできるようにしておくれよ」
「話ねえ。うーん……」
シルクハットの男はしばし腕を組み、何やら思案顔で目を瞑りました。時々何かぶつぶつと、「巻き上げるのは簡単だが金にならん」とか「騙して高く売りつけようか」とか呟いていましたが、醜い男には彼が何を考えているのかさっぱりでした。
そうしてしばらく待っていると、シルクハットの男は再び醜い男に言いました。
「つまり、君はこの鏡の中の醜い生き物と話がしたいんだね?」
「ああ、そうさ。お金なら二人合わせて銅貨四枚ほどあるんだ。これで足りないようなら他になんでもするよ。俺にできることならなんだってね」
「二人合わせて四枚ということは、銅貨二枚か。少ないが、まあゼロよりはましかなあ」
醜い男が一生懸命懇願すると、シルクハットの男はまたよくわからないことをぶつぶつ呟きました。しかしやがて何か答えが決まったのか、大きく一つ頷きます。
「わかったよ。君たちの銅貨ありったけで手を打とう。クリスマスに稼ぎがゼロじゃ寂しいからね」
「おお、そうか。ありがとう。とてもとてもありがとう。今まで魔女の婆さんもお医者の先生も、ちっとも取り合ってくれなかったんだ。それで俺は、どうすればいい?」
「ああ簡単だ。まずは銅貨ありったけを俺に寄越せ。君の友達をそこから出してやることはできないが、話をさせるくらいなら力になろう」
「おお、そうか。助けてくれるか。ああ払おう。ありったけ払おうじゃないか」
醜い男は大喜びでボロボロのコートのポケットをまさぐって銅貨二枚を取り出しました。それを早速シルクハットの男に渡します。
「さあ次は俺の友達の分を渡そう」
そう言って醜い男が狭くて平べったい物体を見ると、なんとそこでは閉じ込められた方のシルクハットの男がもう一人の醜い男の銅貨二枚を受け取っているところでした。
「おや、何をしているんだい。そっちじゃなくて、閉じ込められていない方に渡すんだよ。いくらそっくりだからって間違っちゃいけない」
醜い男は慌てて取り上げようと狭くて平べったいものを叩くのですが、もう一人の醜い男も同じように慌てた顔でこちらを叩き返してきます。その隣では閉じ込められた方のシルクハットの男がニヤニヤ笑いながら上等なコートの中に銅貨二枚をしまっているところでした。
「ああ、いいんだよ。あっちはあれで正しいんだ。あの閉じ込められたシルクハットの彼はわたしの友達だからね。ほら、よく見ていてごらん」
シルクハットの男はそう言うと自分のシルクハットを外し、閉じ込められたシルクハットの男に向けて優雅に一つお辞儀をしました。すると全く同じようにもう一人のシルクハットの男の方も優雅にお辞儀をするではありませんか。どうやら二人は本当に友達だったようです。
「あっちの二枚はわたしの友達の分だからいいんだ。さあこれで銅貨ありったけはいただいた。君の友達と話をさせてあげよう」
「本当かい。やっと俺はこいつと話ができるのかい」