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醜い男とカガミの旅

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 醜い男がびっくりして言いますが、もう一人の醜い男はちっとも出てこようとしません。かわりに何か訴えているようですが、もちろんさっぱりわかりませんでした。

「ふうむ。ふむふむ。なるほどね」

 醜い男ともう一人の醜い男のやりとりを眺めていたお医者の先生は、ふさふさした髭を指でしごきながら何か分かったように頷きました。

「わかったぞ。わしが見なきゃならんのはお前さんの頭のようだ。お前さん、すっかりいかれちまっているね」

 しばらくして、お医者の先生は魔女の老婆と同じことを言いました。

「なんだと、先生、何をおっしゃる。診てほしいのは俺じゃなくてこいつだと言ったじゃないか」
「しかしね、これは鏡じゃないか」
「ああそうだ。こいつの名前はカガミというらしい。こりゃあ驚いた。先生もこいつと知り合いだったのかい」

 醜い男が驚いて尋ねるとお医者の先生はますます難しい顔で、自分の髭を引っ張りました。狭くて平べったいものの中のもう一人の男も同じように顰め面で髭を引っ張っています。もしかしたら二人は仲が悪いのかもしれないと醜い男は考えました。

「ううむ。どうやら話しても無駄なようだ。どれ、中へ入りなさい。治せるかわからないができるだけやってみよう。もちろん、お前さんの治療だがね」
「だから違うよ。そうじゃないんだお医者の先生。どうしてわかってくれないんだい」

 一体どうしたことでしょう。醜い男がどんなに必死になって説明してもお医者の先生には全く伝わりません。治療してほしいのはもう一人の醜い男の方なのに、取り合おうともしないのです。

「お願いだよ先生。俺のことはどうでもいいんだ。だから俺の可哀相な友人を助けておくれ」
「安心しなさい。治療がうまくいけば全てどうでもよくなる。今君にとって一番大切なのは壊れた心を取り戻すことなんだ。きっと今にわたしに感謝する時がくるだろうよ」

 お医者の先生はそう言うと醜い男の手から狭くて平べったいものを取り上げようとしました。ぐいと力いっぱい引っ張られ、醜い男は慌てて自分も引っ張ります。

「先生、何をなさるんだ。やめておくれ!」
「治療の第一段階だ。まず君はこの偽りの話し相手を捨てなくてはいけない」
「やめろ! 離してくれ!」

 醜い男は必死になって狭くて平べったいものにしがみつきました。引っ張られても押されても、絶対に離すものかと醜い男は一生懸命狭くて平べったいものを守ろうとしました。狭くて平べったいものの後ろ側からしがみついているので中に捕らわれたもう一人の醜い男の様子はさっぱりわかりませんが、きっと今頃慌てふためいて醜い男に助けを求めていることでしょう。もしかしたら恐ろしさに泣き出してしまっているかもしれません。

「あんた、お医者の先生だろう。それなのにどうしてこんなひどいことができるんだ」

 醜い男は普段馬鹿にされるのも汚い言葉を吐かれるのも慣れっこなのであまり気にしません。しかし狭くて平べったいものに閉じ込められて声も出せない可哀相な友人にこんな仕打ちをするなんて、どうしても許せませんでした。さすがに腹が立ってきて、ぷりぷり怒って言います。

「どうやら先生の頭はもういかれちまっているようだ。もういいさ、頼まない」

 醜い男はついに狭くて平べったいものをお医者の先生の手から引き剥がすと三歩後ろに下がって怒鳴り散らしました。するとお医者の先生もみるみるうちに帽子と同じくらい顔を真っ赤にして、ぷりぷり怒って言い返しました。

「なんだとこの浮浪者め。いかれちまっているのはお前さんじゃないか。そんなに言うならもう知らん。出て行け、さあ、すぐに立ち去れ」
「言われなくても今出て行くとも。行こう相棒。さようなら、お医者の先生」

 醜い男は狭くて平べったいものを抱えて持ち直すと、くるりと背を向けて歩き出しました。もう一人の醜い男も腹を立てているらしく、醜い潰れかけみたいな目玉を吊り上げて何か言っています。

「ひどいよなあ。あの先生は俺たちが醜くて金もないから、きっと嫌がらせをしたんだ」

 そのうち怒りもおさまってくると醜い男は途方に暮れて、ぽつりと友達に向けて呟きました。

「ああ、しかし困ったぞ。これでまたお前さんを助けてやる方法がわからなくなった」

 次は一体誰に助けを求めたらいいのでしょう。醜い男が悩んでいるうちにだんだん夜は更けていき、辺りが暗くなってきました。雪も強くなってきて、一歩歩くごとに滑らないよう気を付けないといけません。しかも醜い男の靴はボロボロで指が突き出てしまっているので、カチコチに凍り付いてもうすっかり感覚がなくなってしまっていました。

 このままいけば凍りついた指が折れてなくなってしまうかもしれませんが、それでも醜い男は足を止めるわけにはいきませんでした。あてがなくとも歩いていれば、もしかしたらもう一人の醜い男を助けられる誰かに出会えるかもしれないからです。

 小さな通りは明かりがなくて歩きにくいので再び大きな通りに戻ってきて、街灯の下で足を止めては狭くて平べったいものの中にちゃんと相棒がいるかを確認し、凍えていないかと声をかけ、また次の街灯まで歩きます。醜い男自身もかなり凍えてしまっていましたが、もう一人の醜い男もさっきから元気がなく寒さに震えているようでした。

 かじかむ手で狭くて平べったいものを抱え、カチコチの足で冷たい雪を踏みしめて、そうして歩いているうちについには真夜中になり、醜い二人を振り返る者は誰一人としていなくなってしまいました。家の窓から溢れる光は温かそうで、体中に降り積もる雪は冷たくて、醜い男はシクシクと泣き始めました。

「ごめんなあ。ごめんなあ。俺にはもうどうしてやればいいのかさっぱりわからない。そんな狭いところに閉じ込められてきっと寂しいだろう」

 醜い男につられたのでしょうか。こちらを見つめ返すもう一人の醜い男もぼろぼろと汚らしい涙を流しています。醜い男は涙を拭ってやりたくて手を伸ばすのですが、やはり彼には届きません。もう一人の醜い男も全く同じことをして失敗して、余計悲しそうな顔で泣きました。

「ありがとうよ。お前さん、肩と頭に雪まで積もっているじゃないか。払ってやりたいのに、どうしてこの手はそちらへ届かないのだろう。ああ、そんなに泣かんでおくれ」

 醜い男の頭と肩にも同じように雪が積もっていましたが、醜い男は少しも気づいていませんでした。そんなことよりもう一人の醜い男が心配で、寒くはないだろうか、辛くはないだろうかと、そればかり考えていました。
 そうしてメソメソ泣きながら歩いていると、すっかり人気のなくなった噴水広場にシルクハットを被った男が立っていました。こんな時間に何をしているのでしょう。シルクハットの男は醜い男ともう一人の醜い男に気が付くと顔を顰めて目を背けようとしましたが、何か思い直したのか突然にこりと笑いかけました。

「おや、ごきげんよう。メリークリスマス。そんな大きな鏡を担いで汚い顔で一体どこへいくんだい。それを割っても君の醜い顔はもちろん変わりやしないよ」
作品名:醜い男とカガミの旅 作家名:烏水まほ