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醜い男とカガミの旅

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 老婆に尋ねられると醜い男は一度狭くて平べったいものを慎重に地面に下し、ボロボロのコートのまだ穴の開いていない方のポケットを探りました。しかし出てきたのは薄汚れた銅貨が二枚だけです。これでは足りないかもしれないと、隣にいるもう一人の醜い男の方を見ると彼も同じように手に銅貨を二枚持っていました。

「銅貨が合わせて……ええと、三の次は、そう、四だ。四枚だ。これだけあれば足りるかい?」

 醜い男は手の中の二枚の銅貨を老婆に差し出して尋ねました。老婆は小さな目を更に小さくして銅貨を観察し、細っこい指でひい、ふう、と枚数を数えて目を吊り上げます。

「四枚だって? 馬鹿を言うんじゃないよ。二枚しかないじゃないか。せめて五枚は持っておいで」
「よく見ておくれよ。俺とこいつで合わせて四枚だ。あと一枚くらい勘弁しておくれよ。本当にこれで全部なんだ」
「悪いがね、五枚といったら五枚だ。それもあんた一人でね。これが最低価格なんだ、一枚だってまけないよ」

 醜い男ともう一人の醜い男は必死になって老婆に頼み込みましたが、聞き入れてはくれません。それでもも醜い男がしつこく食い下がるので、涙が出るほど大笑いしていた眼はますます吊り上がり、ついには老婆は怒り出してオンボロ傘を振り回し始めました。

「ええい、帰れ帰れ。金のない奴に薬は売らないよ。いかれた男め、あっちへお行き」

 これには醜い男も大慌てです。醜い顔を真っ青にした友達が閉じ込められた狭くて平べったいものを抱え上げ、一目散に逃げ出しました。もしも万が一これを壊されてしまったら中に閉じ込められているもう一人の醜い男がどうなってしまうのかわかったものではありません。そうなってしまっては大変です。

「ああ、危ないところだった。おいお前、大丈夫か?」

 老婆のところからやっとこさ逃げ出すと醜い男は狭くて平べったいものをそっと雪の少ない地面に下ろし、傷がついてやいないかとガサガサにひび割れた手で触って確かめました。

「ごめんなあ。ごめんなあ。お前を出してやれなかったよ」

 醜い男は閉じ込められたままの、悲しそうな顔をしているもう一人の醜い男に謝りました。もう一人の醜い男も口をパクパクさせて何か伝えようとしていますが、それが恨み言なのか許しの言葉なのかすらも醜い男にはわかりません。だから醜い男はもっと悲しくなってしまいました。
 いつの間にか雪はさっきより強くなり、冷たく凍えた地面には本格的に雪が積もり始めています。もう一人の醜い男が閉じ込められた狭くて平べったい世界も同じで、彼が寒さに凍えてはいないだろうかと醜い男は心配でたまりませんでした。気休めにしかならないかもしれませんが、狭くて平べったいものの表面を手でさすってやります。するともう一人の醜い男もまるでこちらの世界を温めてくれようとするかのように、狭くて平べったいものを内側からさすってくれました。

「ありがとうよ。お前さんは優しいんだなあ。俺ぁ人に優しくされるなんてのは初めてだよ」

 しかしだからこそ醜い男はこの初めての友達を助けてやれないことが悔しくてなりませんでした。そのうち夜が近づいてきて、真っ白だった世界がだんだん薄暗くなっていきます。街灯には明かりが灯り、人々は体を寄せ合うようにして教会や、それぞれの家へと帰っていきます。メリークリスマスという声があちこちに溢れ、雪の中に蹲った醜い二人のことなどまるで見えないかのようです。

「せめてお前さんが口を聞けたらなあ。そうしたら、どんなにかよかったことか」

 そうすれば彼が今いったいどんな言葉をほしがっているのか、どういう事情でこんなところに閉じ込められてしまったのか、そういうたくさんのことを聞くことができたのに。それに言葉が話せたら、きっともっと仲良くなれるだろうに。醜い男は生まれて初めてできた友達のことを思い、悲しい溜息を吐きだしました。
 しかしその時、ぱっと醜い男の中に名案が浮かびました。

「そうだ。お医者の先生のところへ行こう。そうすればもしかしたらお前さんの声を治せるかもしれん。きっとそうに違いない」

 これはなんと良い考えでしょう。お医者の先生なら彼をここから出してあげる方法だって知っているかもしれません。醜い男は勢いよく立ち上がると、急いで近くのお医者へと向かいました。担がれているもう一人の醜い男もうれしそうです。

「ほれ、もうすぐだ。もうすぐだ。きっと今度こそよくなるぞ」

 醜い男が励ますともう一人の醜い男もパクパクと口を動かして醜い男を応援してくれます。醜い男はもっとうれしくなって、寒さも気にせず大急ぎでお医者の元へと行きました。
 そうしてあっという間についたお医者の家のドアを叩くと、すぐにドアが開きました。中から出てきたのは眼鏡をかけた背の低い、ふさふさの髭を生やした気難しそうなお医者の先生です。いつもは確かツルツルだったはずの頭に今日はちっとも似合わない赤い三角の帽子を被っています。家の中からは小さな子供の笑い声も聞こえてきました。

「おや、どうしたい。そんなに慌てて急患かな。今日は本当はお休みなのだけど、急患ならばみてあげよう。ただし、君の容姿だけは治せないがね」
「ああ急患だ。お願いだよ、俺の友達の声を治しておくれ。ついでに狭くて平べったいのに閉じ込められているのも出してやれないか」
「ふうむ。よくわからないがまずはちょっと診てみよう。どれ、友人は今どこだい」
「頼むよ。ほら、ここにいる。こいつが俺の友達だ」

 醜い男は狭くて平べったいものをお医者の先生に見せようとするのですが、お医者の先生はそちらをちっとも見ようとはしませんでした。小さな体で背伸びをして、きょろきょろと何かを探しています。一体どうしたことでしょう。

「いないじゃないか。一体どこかね」
「だからここだよ。お医者の先生、あんた一体どこに目をつけているんだい」

 もしかしたら本当は診察したくないから、からかわれているのでしょうか。醜い男は少し苛立って指でコツコツと狭くて平べったいものの表面を叩きました。するとやっとお医者の先生は狭くて平べったいものに気づいた様子で、一体何事かという顔でじっと覗き込みました。

「ここだって?」
「ああ、そうさ。この中だ。どうやら閉じ込められているみたいなんだ」
「なんだって」

 お医者の先生はさっきの老婆と同じように眼をぱちくりさせました。自分の眼鏡を一度外し、服の袖で磨くとまたかけ直し、じっくりと狭くて平べったいものを観察します。醜い男も狭くて平べったいものを前に持ったまま首だけひょこっと覗き込むと、一体どうしたことでしょう。さっきまで真ん中にいたはずのもう一人の醜い男は、狭くて平べったいものの隅っこに隠れてしまっていました。首だけひょこっと覗かせて怪訝な顔をしています。そしてその首の隣にはお医者の先生によく似た男が首を傾げて立っていました。

「おい、お前さん。この人はお医者の先生だよ。そんなに隠れちまっちゃあ診察ができないだろう。ほら、もっと出てくるんだ。ところでそいつは一体誰だい。お前さんの他にもそこにいるのかい」
作品名:醜い男とカガミの旅 作家名:烏水まほ