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醜い男とカガミの旅

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「まあ、お友達ですって? おじさんは一人じゃない」
「何を言うんだお嬢ちゃん。ほら、俺の目の前にいるだろう。とびきり醜い奴が一人」

 醜い男がもう一人の醜い男を指差してそういうと、小さな女の子は口元に手を当てておかしそうにクスクス笑い始めました。

「うふふ、おじさんは鏡とお友達なの?」
「ほう、そうかい。こいつの名前はカガミっていうのかい。そりゃあ教えてくれてありがとよ。お嬢ちゃんはこいつと知り合いだったのかい」

 もう一人の醜い男の名前を知ることができて、醜い男は上機嫌で頷きました。カガミという名前らしいもう一人の醜い男も満足そうです。小さい女の子はまだ不思議そうに首を傾げて何か言いたそうにしていましたが、きっと彼女の両親でしょう、大人たちに呼ばれて走って行ってしまいました。パパ、ママ、今ね、あそこに汚い顔のおかしなおじさんがいたのよ。女の子はそんなことを言いながら歩いていきます。女の子ももう一人の醜い男の醜さを憐れんだのでしょう。

 また二人きりになったので、醜い男はもう一人の醜い男に話しかけました。

「なあ、あんた。ところでどうしてそんな狭いところに入っているんだい。こっちにきたらいいじゃないか」

 醜い男はぶくぶくのアカギレと霜焼けだらけの手を伸ばして、つるんとして冷たいその表面を軽く叩いてみました。どうして、などと聞いては見ましたが本当は醜い男には理由などわかっています。こんな狭くて平べったいものの中に閉じこもっているなんて、きっとよっぽど自分の醜い姿が嫌で堪らないのでしょう。醜さを馬鹿にされ、石をぶつけられるのが辛くて、こんなところに隠れているに違いありません。醜い男もきっとこの引きこもりの彼ほどではないでしょうが、度々ひどい目に合わされることはあるので気持ちはよくわかりました。

「あんたがとんでもなくひどいことなんて、俺は別に気にしないさ。だからちょいとそこから出てきて俺と話をしないか」

 醜い男は何度もそう勧めたのですが、もう一人の醜い男はいつまで経っても一向に狭くて平べったいものの中から出てこようとしません。醜い男が何かを言えばもう一人の醜い男も何か訴えます。しかしその言い訳はやはりさっぱり聞こえません。ずっとそんな調子なので、醜い男はだんだんもう一人の醜い男が心配になってきました。

「なあ、もしかしてお前さん、そこから出られないのかい」

 醜い男が訪ねると、もう一人の醜い男も不安そうな顔で口をパクパクさせました。どうやら彼は閉じこもっているのではなく、外に出られないようです。

「おいおい、こりゃあ大変だ。今すぐ俺がなんとかしてやるからな」

 醜い男は慌てて狭くて平べったいものをよいしょと持ち上げました。もう一人の醜い男はとても重そうに見えましたが、平べったいせいか思っていたよりは軽くて持ち運ぶのはそれほど大変なことではありませんでした。大きいので少し持ちにくいですが。

「よしよし。あとほんのちょっとの辛抱だ。魔女の婆さんのところに連れて行ってやるからな」

 そう言って醜い男はちらちら舞う雪の中、狭くて平べったいものを引きずらないよう注意しながら歩き始めました。先程小さな女の子が消えていった大通りへと戻り、うっすら雪の積もった道をカパカパ靴を鳴らしながら進みます。もう一人の醜い男のために何度も励ましの言葉を投げかけ、その度にすれ違った人々が怪訝そうに振り返りました。すれ違いざま汚い言葉や唾を吐きかける人もいます。しかし醜い男はもう一人の醜い男を助けることで頭がいっぱいで、そんな他の醜くない人々のことなどちっとも気になりませんでした。

 そうして醜い男がもう一人の醜い男を連れてきたのは二人が出会った路地より更に薄暗い、まるでゴミの溜まり場みたいな一角でした。そこにはオンボロの傘をさした老婆が一人石段の上に座っています。まるでしわくちゃの枯れ枝のようなこの老婆は醜い男と同じ仕事のない寂しい老婆ですが、その正体は魔女なのだと噂されているのです。なんでもこの老婆の持っている薬を飲むとどんな空腹も辛いこともあっという間に忘れてしまうのだといいます。そして気持ちはふわふわと浮き上がり、見る見るうちに幸せで胸がいっぱいになるのだそうです。以前、この老婆からもらった薬を飲んだ見知らぬ若者がへらへら涎を垂らして笑いながら一人でブツブツ言っていました。その若者はそれからしばらくして死んでしまったのですが。

 醜い男は幸せなんて得体の知れないものに興味はありません。しかしもし本当にそんな薬があるのなら、きっとこのもう一人の醜い男を助ける薬だって持っているに違いありません。醜い男はそう考えたのでした。

「よう、魔女の婆さん。ちょっと一つ頼みがあるんだ」

 醜い男が話しかけると老婆は面倒くさそうにクシャクシャになった落ち葉みたいな顔をあげました。

「なんだい。その醜い顔を見ると気分が悪くなる。よそへいっとくれ」
「いやいや行くものか。俺はお前さんに頼みがあるんだよ」
「ほうほう、あんたみたいな醜いのにも願いなんてあったのかい。言っておくがわたしの薬じゃその汚らしい顔を変えることはできないよ」
「そんなことじゃないさ。俺の友達を助けてほしいんだ」
「友達だって? あんた、そんなものいたのかい」
 老婆は醜い男の話を聞くとフンとせせら笑いました。
「ああ、できたのさ。こいつなんだがね、どうも閉じ込められちまったようで、出られないらしいんだ」

 そう言って醜い男はもう一人の醜い男が閉じ込められた狭くて平べったいものを老婆に見せました。しかし老婆は話がよくわからないのかさっきの小さな女の子と同じように、その今にも折れそうなほど枯れ枝じみた細い首を不思議そうに傾げました。

「あんた一体何を言っているんだい。こいつはただの鏡じゃないか」
「そうさ、こいつの名前はカガミっていうらしい。なんだ婆さん、こいつと知り合いだったのかい」
「なんだって? 馬鹿をお言いでないよ。あたしゃこれまであんたに薬を売ったことがあったかね。それともどこかで拾って食いでもしたのかい」
「いいや、薬は今日初めて買いにきたんだ。こいつを外に出してやるための薬を分けとくれ」

  醜い男が真面目な顔で頼み込むと、不思議そうに眼をぱちくりしていた老婆は突然腹を抱えて笑い始めました。

「ひゃひゃひゃひゃ、あんた、とっくにいかれているじゃないか。傑作だねえ。それでもまだ薬がほしいのかい。いかれちまうための幸せで不幸せな薬を!」

 枯れ枝のような手で、これまた枯れ枝のような立ち上がれるかも怪しい脚を叩き、まるで気でも違ったみたいに笑い続けています。しかし一体何がおかしいのか醜い男にはさっぱりわけがわかりません。老婆はまるで以前に醜い男に薬のことを語った若者とそっくりでした。
 醜い男がぽかんとして老婆を見下ろしていると、老婆は笑いすぎて零れた涙を骨のような手で拭って言います。

「そうかい、薬がほしいかい。金さえあればいくらでも分けてあげるがね、あんた、いくら持っているんだい」
作品名:醜い男とカガミの旅 作家名:烏水まほ