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醜い男とカガミの旅

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あるところにとても醜い男がいました。どれくらい醜いのかというと、彼を見た人々は皆おぞましい化け物を見たかのように息を呑み、ある者は眼を背け歩き去るでしょう。またある者は憐れみの溜息を吐き、同情をするでしょう。そしてまたある者は彼に石を投げつけて汚い言葉を吐くでしょう。そして誰もが最後には口を揃えてこう言うのです。嗚呼、可哀相に、あの男はなんて醜いのだろう! あんな醜い顔で生きていかねばならないなんて、わたしなら恥ずかしさできっと狂ってしまうだろう!

 醜い男はいつも一人ぼっちでした。なぜならとても醜いため、誰も彼と話どころか、顔を見ることさえもしたがらなかったからです。

 醜い男に家族はありませんでした。なぜならとても醜いため、幼い頃に追い出されてしまったからです。

 醜い男には仕事がありませんでした。なぜならとても醜いため、誰もが彼の心もとても醜くて仕事など任せられはしないだろうと思ったからです。

 醜い男は文字の読み書きも簡単な計算もできませんでした。なぜならとても醜いため、誰も彼に勉強を教えようとは思わなかったからです。それに学校へ行くためのお金もありませんでした。

 醜い男に夢はありませんでした。なぜなら彼にとって人生とは毎日ご飯を食べて寝ることでしかなかったからです。

 醜い男はそれでも自分を不幸だとは思いませんでした。なぜなら彼は幸せを知らないからです。
 しかし醜い男はいつも思っていました。この世はなんて退屈でつまらないのだろうかと。寝て歩いて食べて寝て、毎日それの繰り返しです。誰かと話をすることなど数えるほどしかありませんでした。それもほとんどが一方的な、汚い言葉ばかりです。それでも誰かに声をかけてもらえた日は少しだけ、今日はいつもと違ったようなそんな気になるのでした。

 醜い男は起きている間は一日中、下を向いて歩いています。なぜなら時々小銭を拾えるからです。しかし唯一、お腹が空いた時だけは顔を上げます。きょろきょろと首との付け根の曖昧になった醜い頭を動かして、ゴミ箱を探すためです。町中のゴミ箱が彼の行きつけのレストランでした。それと、ゴミ捨て場や植木の陰なども。

 ちらちらと粉雪の舞う聖なる日も、醜い男はいつものように下を向いて歩いていました。その日はクリスマスでしたが醜い男には何も関係がありません。醜い男にとってその日はただの寒い日でした。なぜなら彼は生まれてから一度もクリスマスを祝ったことがないので、クリスマスという日が何かよく知りません。なんだかすれ違う人々の楽しそうな声が聞こえますが一体何が楽しいのか彼にはさっぱりわかりませんでした。こんなに寒くて朝から雪が降っていて、太陽はまるで雲の向こうに隠れてしまっているというのに、一体どうしてみんなそんなに暖かそうな声で笑っているのだろう。醜い男は下を向いて歩きながら、雪と一緒に降り積もるかのような人々の声に首を傾げていました。

 醜い男は浮かれた声と笑顔で溢れた道の隅っこを、薄汚れて穴だらけの、壊れてカパカパ音のする自分の靴をぼんやり見つめ、あてもなくふらりふらりと歩きます。地面にはうっすらと白い雪が積もり始め、今日は下を向いて歩いていても小銭は拾えそうにありません。それでも他にすることも特にないので、いつものように下を向いて歩き続けました。道端に蹲っているよりも歩き続けている方が少しだけ温かいからです。

 しかし大通りはとても賑やかで醜い男の知らない幸せに溢れていて、なんだかとても居心地が悪かったのでもっと小さな細い通りを選んで歩くことにしました。路地はしんと静かで建物に挟まれているせいで薄暗く、醜い男にはこちらの方が大層落ち着きました。
 そうして冷たい空気の中をぶらぶら歩いていると、やがて彼は自分と同じぼろぼろの靴を履いた足を見つけました。こいつの履いている靴はなんてひどいのだろう。醜い男は驚いて足を止めました。なぜなら彼がいつもすれ違う人々は小奇麗な穴の開いていない暖かそうな靴を履いているからです。それなのに彼の靴はぼろぼろで穴が開いていて、靴というよりまりで足に薄っぺらい皮が巻いてあるかのようです。こんな汚い靴を履いている奴は一体どんな顔をしているのかと、醜い男は腹が減ったわけでもないのに珍しく顔を上げました。

 するとなんということでしょう。とても汚い靴を履いていたのは今まで見たこともないくらいとても醜い男だったのです。

 鼻はぺちゃんこに潰れてひしゃげ、ぎょろぎょろした目玉は左右の形が違う。頬はのっぺりとして影があり、唇は薄くてガサガサで隙間から覗く歯は真っ黒な上にガタガタです。ボサボサで伸び放題な髪は明らかに何か虫が棲んでいそうだし、首と顔の境なんて曖昧で、たるんだ肉に今にも顔が埋もれてしまいそうでした。ずんぐりむっくりした体を包むコートだってボロボロで、あちこち破けて穴だらけです。

「お前さん、なんて醜いんだね。こりゃあひどい」

 醜い男は驚いてそう話しかけました。話しかけられたもう一人の醜い男も驚いたように左右のぎょろ目を更に丸くしています。今にも臭さが漂ってきそうな黒い歯のまばらに並ぶ不潔な口をパクパクさせて、何か言おうとしているようでした。

「おや、しかも口が聞けないのかい。醜い上に喋れないとは、お前さんも可哀相に」

 醜い男が憐れんでそう声を投げかけると、もう一人の醜い男も口をパクパクさせながら悲しそうに何かを訴えました。
 この世界にはこんなに醜い男がいるとは今まで知りませんでした。醜い男は自分の顔がどれだけ醜いのかなど知りませんでしたが、きっとこの醜い男よりははるかにましなことだろうと思いました。だってもしも自分がこんなに醜い顔をしていたら、きっと恥ずかしくて生きてなどいけません。

「まあお前さんずいぶんと醜いがね、一体どうしたらそんなに醜く育つんだい」

 醜い男があれこれ問いかけても、やはりもう一人の男は口をパクパクさせるだけでした。しかしそれでも醜い男にとっては誰かとまともに話すことなど滅多にないことなので、楽しくて仕方ありませんでした。それにこの話し相手は彼の醜さを馬鹿にしたり汚い言葉を吐いたりすることもないのですから。だからもう一人の醜い男が何も答えられなくても。醜い男は気にすることなく話し続けました。今日はなんだか人々が浮かれていること、ゴミ箱で二本も肉の残った骨付きチキンを拾えたこと、最近やたらと赤い服が多いこと。そんなとりとめのないことを醜い男はもう一人の醜い男に話し続けました。

「ねえ、おじさん。一体何をしているの」

 醜い男がしばらく話し続けていると、いつの間にやってきたのか大通りと路地の境に小さな女の子が立っていて、二人を不思議そうに見つめていました。誰かに話しかけられることも滅多にないことだったので醜い男はびくりとでこぼこした肩を跳ねあがらせました。いつもならば無視するか走って逃げるところです。しかし今日は自分よりも醜い男に出会えたことが嬉しくてとても気分がよかったので、珍しく醜い男はこの小さな女の子とも話してみようと思いました。

「見てわからないのかい。友達ができたんだよ」
作品名:醜い男とカガミの旅 作家名:烏水まほ