小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~第二部

INDEX|5ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 六月(ジユーン)の花嫁(ブライド)は幸せになれるという言い伝えがある。そして、幸せの絶頂にいる花嫁からブーケを与えられた娘もまた、次の幸せを得られるとも。思いがけずブーケを手にした少女は頬を染めて、周囲からしきりに冷やかされている。
 参列者が一人一人、手にした風船を空に飛ばした。ブルー、ピンク、グリーン、イエロー、色とりどりのパステルカラーが空に向かって飛んでゆく風景は圧巻だ。萌はここでもシャッターを何回か切った。
 更に場は変わって、今度は一同、ホテル内の教会から別棟の披露宴会場へと移る。
 最上段、中央に新郎新婦の席がしつらえられ、その両隣に仲人役―新郎の勤務するダイビングスクールの校長夫妻が座る。萌は親族席のテーブルの一つに座った。ユッコは親族ではないが、近しい友人ということで、やはり、隣同士だ。
「それにしても、今日の亜貴ちゃんって、凄く綺麗」
 ユッコはもう恍惚としている。しかし、これに関しては、萌も全く同感であった。
「本当。私、小さい頃から亜貴ちゃんを見てきたけど、こんなに綺麗な亜貴ちゃんは見たことないもの」
 小声で話し合う。
 確かに、今日の亜貴は輝いていた。ずっとショートだった髪をこの日のために少し伸ばし、アップ風に結い、一回目のお色直しの後は薄蒼のカクテルドレスを纏っている。
 萌もユッコも口には出さないけれど、胸の中は恐らく同じに違いないと思った。亜貴はこれまで随分と辛い想いをしてきたのだ。
 彼女は人が好いというのか、惚れっぽくて、しかも好きになった男にはとことんまで尽くす昔気質の女性だ。そんな一途なところを亜貴は実は、今まで付き合った男たちに良いように利用されてきた感がある。萌が知る限りでも、亜貴が付き合った男の数は四、五人はいたけれど、大抵、最後は裏切られるといった形で彼女の恋は終わっていた。
 中でも隆平との恋(亜貴には申し訳ないが、あれを恋愛と呼べるのかどうかは判らない。萌には、あの最低男が最初から従姉を利用する気だったとしか思えない)は最悪の惨憺たるものだった。まあ、あれだけ失恋の痛手に沈んでいたのに、別れて一週間で新しい恋に夢中になれるという亜貴の心境も萌には信じられないが、昔から、従姉はそうだった。
 何があっても、泣くだけ泣いた後は、あっけらかんとしていた。きっと、今回の素敵なハッピーエンドは、亜貴が流してきた涙に見合うだけの幸せを神さまが亜貴のために用意してくれたのだ。
―幸せになってね、亜貴ちゃん。
 萌の心の声が届いたのか、はるか彼方のひな壇にいる亜貴がこちらを見て、かすかに微笑んだような気がした。
 萌の中で、昨日の夜、亜貴と独身最後の夜を一緒に過ごしたときのことが甦る。その日、萌は美味しいと評判のケーキ工房ドリームメーカーのケーキを持って亜貴の家を訪ねた。
 亜貴は結婚を決めてからすぐにマンションを引き払い、実家に戻って残り少ない独身時代を両親と過ごしていた。亜貴は萌が持参したショートケーキをつつきながら、何を思ったか、唐突にこんなことを言ったのだ。
―そう言えば、彼って、お父さんに似てるのよ。
 少し考え込んだような表情の彼女を見て、萌は何と言えば良いか判らなかった。とりあえず次の言葉を待っていても、亜貴は何も喋らない。沈黙の意を計りかねていると、彼女はクスリと笑んだ。
―不思議でしょ。私って、あんなにお父さんのような男(ひと)だけはイヤだと思ってたのに。何しろ、うちのお父さんときたら、会社から帰ってきたら、スーツを脱ぎ散らかし、いつも母に会社の愚痴を零してばかり、その癖、家事は何もしようとしないし、洗濯物一つ取り込まない。お母さんが病気のときだって、手伝わないくらいの徹底的な亭主関白なのよ。
―そういえば、亜貴ちゃんってば、昔から言ってたよね。結婚するなら、叔父さんみたいな人とは絶対したくないってさ。
 萌が笑いながら言うと、亜貴もまた笑った。
―結局、似た人を選んじゃった。
―でも、亜貴ちゃんの彼、写真で見た限りではマメそうに見えるけど?
―今風なのは見かけだけよ。中身は昭和の頑固親父って感じかな。
―なに、それ。うちの旦那でも、そこまではいかないよ。
 萌がまた笑うと、亜貴はふいに遠くを見るような瞳になった。
―私、ずっと、お父さんのこと、どこかで避けてたような気がする。お母さんには威張り散らしてる癖に、涙脆くて、コップ一杯のビールで真っ赤になって昔の想い出を一人で語っては泣くし。
―亜貴ちゃんってさ、本当は叔父さんを好きだったのよ。
―そうね。そうなのかもしれない。だから、お父さんのような男だけはご免だなんて言い続けて、挙げ句に選んだのがお父さんのコピーのような男なのかもね。
 今までの亜貴なら、ムキになって否定したはずだが、何故か、このときの従姉は否定しなかった。トレードマークのショートヘアが少し伸びてボブになった亜貴は、とても女らしく見え、パステルグリーンのニットのセーターと履き古しのジーンズというカジュアルな服装でも、しっとりとしている。
 これまでの亜貴にはない艶っぽさが漂っていて、萌は内心、この時、ドキリとしたものだ。従姉をずっと見てきた萌ですら知らない、初めて見る表情だった。
「萌ちゃん、今日はよく来てくれたね」
 突如として名をよばれ、萌は現実に引き戻された。眼前に、叔父が眼を真っ赤にして立っている。手には、いかにも不慣れな様子でビールを持っている。
「ま、一つ、どうぞ」
 叔父に促され、萌は慌てて首を振る。
「叔父さん、私には気を遣わないで下さい。招待客の方は他にもたくさんいるし、私にまでお酌してたら大変でしょう」
 新郎側と新婦側それぞれ合わせれば、招待客は百五十人になる。その全員にいちいちテーブルを回って挨拶していては、時間も身も保たないだろう。萌なりに叔父を気遣ったのだ。
「いやいや、今日は、萌ちゃんもお客さまだからねえ」
 叔父はそう言いながらも、早くも涙声になっている。
「うちの亜貴は、萌ちゃんには本当に今まで仲良くして貰ったよ。まだ萌ちゃんがろくに喋れもしない赤ン坊の頃から、亜貴は萌ちゃんを妹みたいに可愛がって―」
 叔父は今年、七十三になる。亜貴は叔父が三十、叔母が二十九のときに誕生した。流産を二回繰り返した後、結婚八年目に漸く得た一人娘であったという。
 叔父は、現役時代は建設会社で重役にまでなった人だ。高卒で就職して以来、現場の作業員から始まって、コツコツと努力して管理職にまでたたき上がった努力の人である。好きな言葉は〝努力と忍耐〟だと、いつか亜貴が笑いながら語っていた。
 どうやら、叔父はお酌に各テーブルを回りながら、自分自身もまた相当量呑まされているらしい。上手に断るすべを知らず、勧められるままに呑んできたのだろう。
 何しろ、亜貴に言わせればコップ一杯で酔っ払ってしまうという叔父なのだ。
「叔父さん、大丈夫? 顔がかなり紅いけど」
 叔父と萌は直接、血が繋がっているわけではない。しかし、幼い時分から、しょっ中、亜貴の家に出入りしていた関係で、随分と可愛がって貰った。
「大丈夫だ、何のこれしき」