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逢いたいから~恋とも呼べない恋の話~第二部

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 荘厳なパイプオルガンの音色が突如として轟き、萌は長い物想いから自分を解き放った。
 教会のドアが外側から開き、新婦が静々と入場してくる。デコルテを大胆に見せた純白のウェディングドレスは、トレーンを長く引いた最新流行のデザインだ。胡蝶蘭を束ねたブーケは新婦の母手ずから作ったもので、バージンロードの向こうで待ち受ける新郎の纏ったタキシードの胸ポケットにも同じく胡蝶蘭のブートニアがさりげなく挿されている。
「それにしても、亜貴ちゃん、やってくれるわね。私、招待状を貰ったときには、正直言って、ドッキリか何かかと思ったわよ」
 すぐ傍らに座ったユッコが聞き取れないような声で囁く。
 その意見には全く同感だ。あの早朝の突然の電話から、きっかり二ヵ月後のこと。
 またしても、従姉から急な電話があった。むろん、前回のように、早朝ではなく、夕食の後片付けをしていた萌に、夫が〝亜貴さんから電話だ〟と言ってきたのである。
 亜貴からのその電話は、開口いちばん、
―私、ついに運命の男を見つけたの。
 だった。
 それから、その新しい恋人、つまり、今日から亜貴の旦那さまとなる男性について延々と二時間近く聞かされる羽目になった。
 亜貴は隆平と別れた後、すぐにハワイへと旅立った。本人いわく、傷心旅行だったそうだ。会社は使わず溜まっていた有給をこの際、有効に活用したとか。
 人の好い従姉は頼まれれば、他人の仕事も引き受けたし、休日出勤も率先して買って出ていた。元々、スキューバダイビングが趣味の亜貴は、ハワイはこれが初めてではない。亜貴の夫となる彼もまた一人でハワイに来ており、ダイビングのインストラクタ―をするほどの腕前だ。
 二人は知り合うべくして知り合い、すぐに恋に落ちた。両親や親戚の手前、挙式は日本でも行うが、実は披露宴の後、出かける新婚旅行先のハワイの教会でも二人だけの式をもう一度行うという。
 確かに、ハワイは二人にとっては想い出の場所だから、ハワイで挙式を挙げたいという二人の強い気持ちは判る。当初はハワイ挙式を考えていた二人だったが、両親はともかく、親戚をそんな遠くまで招待するわけにはゆかないということで、急遽、日本での挙式が決まったそうだ。
 相手の男性は四十歳、どうも亜貴は年下男に縁があるのか、それとも彼女自身の好みなのかどうかは判らない。が、隆平のときのように十五歳などという桁外れの差ではない。三歳の年の差くらいは何ということはないだろう。
 互いの気持ちも急速に深まり、亜貴自身の四十三歳という年齢もあって、彼の方が結婚を急ごうと言ったのだと、これは亜貴自身から聞いた。
 二年も同棲した隆平との涙の別れから、二ヵ月と二十数日で、亜貴は新たなる人生へと踏み出すことになった。まさに出逢って一ヵ月半で結婚を決め、二ヵ月と少しで結婚式という驚異のスピード婚だ。芸能人ならば、さして珍しくもないことだが、一般人にはなかなかないことだ。
 だが、萌としては、そんなことはどうでも良かった。辛い想いをしてきた従姉が幸せになってくれれば良い、ただそれだけだ。
 萌の友人でもあり、亜貴の友達でもあるユッコの許にも招待状が届き、ユッコはこうして式から参列しているのだ。
 亜貴と叔父が腕を組んで紅いバージンロードを粛々と進む。途中で叔父が亜貴を花婿に渡し、亜貴はこの瞬間から夫となる男と腕を組み、牧師が待ち受ける祭壇の前へと進んだ。
「ハワイで恋に落ちるなんて、素敵よねぇ。しかも、今風のイケメンじゃないの」
 昔からミーハーのユッコは、もう溜息の連続である。確かに、亜貴の旦那さまはなかなかだ。百七十五センチ以上はあるだろう長身で、ダイビングをしているだけあって引き締まった体軀はモデル並み、顔はエグザイルのAKIRAに似て精悍に陽灼けしている。
 ちなみに、ユッコに言わせれば、ひとめ見てお互いに離れられないと思ったユッコの旦那さんは、どこから見ても平凡な銀行員だ。
「何言ってるのよ、ユッコだって、二十年前は旦那と大恋愛したんでしょう」
 萌が囁き返すと、ユッコが苦笑する。
 何を隠そう、ユッコは女子大三年のときに、今の旦那さんと〝できちゃった結婚〟をしたクチだ。だから、ユッコのいちばん上の息子は、今年、大学を卒業してテレビ会社に就職した。いつまでも若く見える彼女だが、実は二十二歳を頭に高校生の娘と中学生の男の子の三人の母親だ。
「そんなの気の遠くなるくらい昔の話じゃないの」
 ユッコは、当時は両親や友人たち、大学の先生たちまで巻き込んで大騒動させたことなどケロリと忘れた顔で言ってくれる。
「焦って早く結婚するよりも、待つのもテなのね。残り物には福があるっていうし」
 などと、一人で羨ましがっている。
 新郎新婦が牧師の前で誓いの言葉を述べている。
 その時、カメラのフラッシュがまばゆく光り、萌は眼を細めた。そういえば、今日の式、披露宴はホテルではなく外部のスタジオカメラマンに撮影以来をしたのだと亜貴が話していたっけ。
 萌は縦横無尽に動き回るカメラマンをぼんやりと眺めた。時折、閃光が光り、花嫁花婿の決定的な瞬間が捉えられているようだ。萌もスーツのポケットにはデジカメを忍ばせてきたが、ここはプロに任せて披露宴でベストショットを狙うとしようと思った。
 誓いの言葉が終わり、花婿が花嫁の被ったベールを持ち上げ、軽くキス。隣のユッコは熱い溜息を洩らしている。亜貴自身も百六十三センチの長身だから、美形の花嫁花婿の情熱的なキスシーンは、あたかもドラマのワンシーンを見ているようで、ユッコでなくとも見惚れてしまいそうだ。
 指輪の交換も終わった。
 厳かな雰囲気の中に式が済み、萌たち参列者は先に教会の外に出て新郎新婦を待ち受ける。主役の二人が姿を現すと、参列者の間でどよめきが洩れた。
 ライスシャワーが降り注ぐ。亜貴が両腕を高く掲げたかと思うと、胸に抱きしめられていたブーケが空高く投げ上げられた。
 昨夜から降り続いた雨が心配されたものの、天も二人の門出を祝うかのように、昼前には降り止んだ。今は嘘のような晴天で、空はからりと晴れ上がっている。
 雲一つない梅雨の晴れ間の蒼空に、真っ白な胡蝶蘭が舞う。
 カメラを構えていた萌は、無意識の中にシャッターを切る。花嫁も花婿も映ってはいない、けれど、幸福な花嫁を象徴する純白のブーケが六月の空に漂う―その構図は何故か、その日の亜貴の歓びを何より物語っているように思えた。
 亜貴の投げた胡蝶蘭のブーケは、高校生の女の子が手にした。その子は亜貴のお父さんの弟、つまり父方の叔父の娘だ。制服での参列だが、今時の若い子らしくない黒髪で三つ編みにした清楚な姿は、かえって初々しさを引き立てていた。
「残念、私もひそかに狙ってたのに」
 ここでも、ユッコは満更冗談ではなさそうな表情で呟いている。
「何言ってるの。ユッコには、生命よりも大切な旦那さまがいるでしょうに」
 と、萌はまともに相手にしない。