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Alice in strangeland.

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SecondDay.




容赦なく全身を照らす太陽に、珍しく目覚ましがなるよりも早く目が覚めた。
光の差す方向を見ると、昨夜確かに閉めた筈のカーテンが開いている。なんでだ。

「おはよう、アリス」

昨日から俺に付きまとう男の幻覚がぼやける視界に移りこんだ。
絶対コイツのせいだ。根拠はないが確信した。
それにしても、なんでまだコイツは消えてないんだ。
寝癖でぼさぼさの頭を更に乱すようにガリガリと引っかき回す。起きてすぐ見た顔がコイツとか、最悪にも程がある。不機嫌、まさに俺は今不機嫌だ。

「駄目だぜ、頭皮が傷んじまう」

そう言ってパシリと俺の腕を掴む男は確かに現実に存在していた。だからといって俺以外にコイツを認識できる奴が居たかと言えば答えはノーだというのは既に昨日確認済みだ。
5時間目の途中に現れたその男は、眠りから覚めても消えていなかった。しかもこの男、俺には触れられる癖に、他の人間には認識されず、触られてもすり抜ける。
なんということだろう。俺は悲観した。まさか自分の堕落した生活がこのように厄介な幻覚を生み出す羽目になろうとは。悲観に暮れていると、6時にセットした目覚ましがけたたましくなり始める。二度寝する気も削がれた俺は、仕方なしに掴まれたままの男の腕を振り払ってベッドを降りた。男は着いてこようとはしなかった。学校から家までは着いてきたというのに、この男の考えていることはよくわからない。

顔を洗って台所に入ると、ちょうど朝食の準備を開始した母さんが驚いたように言った。

「アンタ、また徹夜したの」
「なんでそうなる」
「ただでさえ小さいのに成長ホルモン止まったらどうすんのよ」

話を聞け、それと大きなお世話だ。165cmはあるのだから問題ない。たぶん。あと俺は徹夜なんぞしていない。
カーテンが開いていていつもより早く目が覚めたと事情を話すと、母さんは「あ、そう。」なんてどうでもよさ気に言って、俺に持っていたお玉を押し付けた。

「まあいいか。せっかく早起きしたんだからご飯の準備手伝ってよね。」

ちくしょう。誰だ、早起きは三文の得なんて言った馬鹿は。
しぶしぶ昨日の残りの味噌汁にお玉を突っ込み、適当に混ぜていると、姉ちゃんが起きてきた。
パジャマ代わりのTシャツの中に手を突っ込んでぼりぼりと腹のあたりを掻いている。おおよそ女らしくない。
姉ちゃんは俺の姿を確認するや否やビクッと大げさに飛びずさった。なんて失礼な女だ。

「め、珍しい…!」
「うるせー、自分でも思ってんだよ」

姉ちゃんの相手をしてろくに手元を見なかったせいで、俺は味噌汁が沸騰しているのに気付かなかった。
しかも運の悪いことに今日の味噌汁の具はなめこである。
慌てて火を弱めたが間に合わない。案の定吹きこぼれた。

「あーあー…ざまあ」

姉ちゃんが半目でにやにやと笑みを浮かべながら言った。
この姉、殴りたい。すごく。しかしやろうもんなら倍にして返ってくることは分かっているから、俺はあえて実行はしない。
そうこうしているうちに、食卓の上では母さんの手によって着々と朝食の準備が進んでいた。
あとはこの吹きこぼれた味噌汁さえあればすぐにでも食べ始められそうだ。
いつの間にか父さんも椅子に座っていて、それでようやく時間の経過を知った俺は全員分のお椀に味噌汁を配膳する。
いつも通りの朝が、始まろうとしていた。


***
朝食後の歯磨きを終え、俺は着替えのために部屋に戻る。
何も考えず部屋に入ろうとして盛大に何かにぶつかった。
サラサラとさわり心地のよさそうな布の質感。目の前は黒一色。

「朝食は食べたのか、アリス」

奴だ。俺にしか見えていない幻覚。
ソイツは馴れ馴れしくも俺の肩に手を添えながら囁くように聞いた。
こんな異常現象は無視するに限る。昨日今日で俺は学んだ。相手にしたら、俺はただのおかしい奴だ。
添えられた手を振り払い、何も言わずハンガーに掛けてあるシャツに腕を通す。
同じようにパジャマ代わりのジャージを脱いで、制服であるスラックスに足を通した。
あらかじめ形にしてあったネクタイ(実に恥ずかしいことだが、俺はネクタイを結べない)の輪っかに頭を通し、適当に形を整えてやる。
仕上げにブレザーを羽織って、乱雑に物を詰め込んだエナメルバッグを背負えば登校準備完了だ。

「な、昨日も思ったんだけどさ」

頭の後ろに腕を組みながら、男が言った。

「黄色い帽子とランドセルは?」
「はあ?」

徹底無視の構えが早々に崩れた。

「昔言ってたよな、学校に行く時は黄色い帽子とランドセルだって。」

何言ってんだコイツは。正直ドン引きだ。正直に言わなくてもドン引きだ。
男を放ってさっさと部屋から出ようとしたその時、チリ、と僅かに視界がぶれた。
何事かと目を擦ろうとしたその矢先、真新しいランドセルに黄色い帽子を目深にかぶった小学生とその手を引く男という異様な光景が広がった。

「なっ、」

思わず声をあげた途端に、その光景はかき消える。
既に俺の視界に移るはいつもの部屋と、胡散臭い笑みを浮かべた幻覚だけ。

「どうした?」
「っ、…なんでもねえよ!」

今あったことを振り払うようにして、乱暴にドアを開けて廊下に出る。
男は当然のように着いてきたけれど、とてもじゃないが相手をする気にはなれなくて、玄関から投げやりにいってきますと叫んで家を出た。
聞こえてきたのは、朝食を食い終えてやたらと元気の良い姉ちゃんの「いってらっしゃい」だけだった。

あの光景が何なのか、俺は知らないはずだ。けれど何故かとても懐かしくて。


(だって、彼の脳みそが忘れているフリをしているだけなのだから。)
作品名:Alice in strangeland. 作家名:ripo