Never see you
ホテルの部屋は綺麗に渋めの色で統一されていた。
窓にはブラインドがあり、僕の街はルーバーで水平に切り取られていた。
夏空の空は重いグレーの厚い雲に覆われ、スコールのような雨を降らせそうだった。
ベッドが二つあるツインの部屋は割と狭く、二人で一つのベッドに座りどちらともなく抱き合った。
忘れていた彼女の匂いと温度が蘇える。二人で抱き合った最後の日はいつのことだったろうか。
静かでいて情熱的な彼女は僕のキスを受け入れる。彼女の指先が僕の背中を掴む様に力が入る。
夏の昼下がり、寂しさをもみ消し、懐かしさを探るように唇を重ねあった。
彼女の「会いに来ます」のメールをもらった時から、こうなることはわかっていた。
「会う」ことで寂しさの解決にはならない。答えのない逢瀬に意味があるのか、
ないのかわからないが求め合っている事実は嘘ではなかった。裸になり求め合う熱情とは別の所に
「どうにもならない」現実の厳しさが見え隠れする。
「せめて、今が幸せならばいいじゃない・・・・」言葉にすれば投げやりのようでいて切ない時間が
二人を包む。激しい雨が窓を叩くのも気づかずに僕達は抱き合った。
雨に気がついたのは、浅い眠りから覚めた時だった。
「雨が降っている・・・なんだ君も寝てたのか」僕は、枕を下にしてニッコリ微笑む彼女を見た。
「なにがおかしいの?」
「・・・うん、あなたは私のいつもの通りだったから」
「いつもの?」
「うん・・・会えない間、あなたの事をよく考えてた。昔のエッチの事も・・・おんなじだった」
「進歩がないってことか~?」僕も裸で微笑みながら聞く。
「違うわよ。おんなじで良かったの。だから、これからもずっと離れていても、
またおんなじ様に想像していけるわ」
「どんな姿で登場するのか聞きたいな」
「今とおんなじ・・・そのままでいてね」
「・・・・・・」
僕は彼女の毎日の生活を想像してみた。
遠く離れた喧騒の中にある都会で仕事に通い、愛のない夫の元に帰る生活。
時々しか連絡しない薄情で愛があるのかないのかわからないような男のメールを待ち
生きてる時間を費やする・・・。
僕は強気で微笑む彼女の頭を胸にきつく抱いた。先程感じた気持ちのいい感覚と同じ大きさの反対の切なさが僕を襲う。
この胸の中にいる彼女の幸せにどれだけ付き合えてあげられるんだろうか。
いつも笑って明るくしてる人には、同じくらいの深い傷があると大人になってわかった。
生きてゆくことが楽しい分、厳しさも悲しみも半分づつだと、それも大人になってわかった。
50歳を超えた所で、それを全部ひっくるめて笑って飲み込める要領も覚えた。
彼女ももうすぐ50歳を迎える。僕は与えられるだけの優しさを込めて彼女にもう一度キスをした。
「やさしいのね・・」彼女が言う。
「形だけだよ・・・こんな事しか取り柄がないから」
「充分よ、それだけで・・・」
僕達はまた温かい肌に触れ合い戯れ足を絡ませた。
外は雨が上がり、夕闇が始まろうとしていた。部屋の中の電気は付けずにいた。
作品名:Never see you 作家名:海野ごはん