8月の花嫁
いけない またやっちゃった つい 素に戻っちゃって
撮影中に 私は何を考をえているのだろう
あんな事があってからふたりを見る度に気になって
仕事に集中しなきゃ
痛っ.. 踏んだ 何か踏んだ 思わず尻もちをつく
足を見た ガラスの破片が足の裏に刺さっている
白い砂に混ざって血が滲み出る
「どうしたの?大丈夫?ドジっ子なんだから ほら」先輩が私に手を差し出す
「足…」
「えっ」
彼女が血に染まる足を見た
「きゃぁ~大変 誰か」
カメラマンの彼が走ってくる スタッフ達も 私を囲む人の群れ
「水 持って来い」
傷口に水をかけて洗う 血は刺さった破片から次から次へと流れている
「かなり 深く刺さっているね
すぐ車を用意して どこに病院があるか 調べるんだ」
「はい」スタッフが彼の指示で動き出す
身体にタオルを掛けてもらう
足に巻かれた白いタオル 赤い血で染まっていく
「ほら 肩につかまって」
私は少し躊躇して彼の首に手を回した
そのまま彼に抱きかかえられて車へと向かう
その後を心配そうに先輩がついてくる
彼の甘いコロンの香りと煙草の匂いに また 私の胸がチクリと痛んだ
14.
私たちはココス島を離れグアム島に戻ることになった
治療を終えて待合室に戻ると 先輩と彼 数名のスタッフが待っていた
「ごめんなさい ご迷惑をおかけしました」頭を下げた
「平気か?」
「はい」
「大丈夫」先輩が心配そうに聞く
「うん」
「撮影どうします?代わりの子 現地で探しますか?」
スタッフのひとりが言った
「それは 俺が決める事だ」
「私 出来ます 怪我も大したことないですから」
「何 言ってるの 3針縫ったんでしょ ダメよ」
「ここで とやかく言っても 仕方ないだろ 取りあえず2.3日様子を見よう」
「本当に...すみません」
「君が悪いんじゃない 頭を下げるのはこちら側だよ
怪我をさせてしまって申し訳ない ご両親にはしっかりお詫びしないとな」
そう言って彼は また 私の肩にポンと手を添えた
私は 足の傷もズキズキと痛んだけれど それ以上に胸の痛みが伴った
15.
撮影は先輩だけで続けられた 私も部屋でひとりいるのも気になって
大して役には立たないだろうけれど邪魔にならない程度に参加をした
いつもより近い距離から彼が見えた 彼の新しい発見に気持ちが戸惑った
髪をかき上げるしぐさやカメラをいじる大きい手や指先
彼女を見る横顔
「疲れただろう もう少しで昼だから」と 左に口角を上げて笑った
「はい あ...いえ」私も笑顔を返す
手が届きそうな程 こんなにも近い距離に彼はいるのに
私の想いは届かない
16.
「食事が終わったら 少し街を散策するか?」
食事の終わり時に彼が言った
「え~ほんと 行く」先輩はその気だ
「君はどうする?足が大丈夫であればだけど」彼が私に尋ねる
「行こうよ 休み休みでいいから 何ならおぶってあげる?」
「先輩 そこまでしなくても 大丈夫ですよ」
「じゃ決まりね」
街は日本の観光客で賑わっていた
街の至る所に露店や屋台
木彫りの小物やアクセサリーや色とりどりの花 果物 食べ物
「欲しい物があったら言いなさい
ふたりにプレゼントするから 高価なものはやめてくれよ」
「やったぁ ねっ 何にしよう」
私と先輩は 軒並みに並ぶお店を一軒一軒 物色して回った
「決めた 私これがいい」
彼女が選んだのは 淡いピンク色の桜貝で出来たアンテークなリング
私はと言えば 何故か ガーフィールドの猫のぬいぐるみが気に入った
17.
サンセットに染まるプライベートビーチ
ホテルの小さな教会から 歓声と共に正装をした人々が出てくる
結婚式だ
私たちは立ち止まりその様を見ていた
「明日から ウェディングドレスの撮影に入るから 見ておくといい」
彼が言った
花のシャワーを浴びて人々の中央を歩いている新郎新婦
婦人が私たちに一緒にと 花びらの籠を差し出す
彼女がそれをとって人の中に入って行く
彼女は幸せに満ちたふたりに花びらをかけた
私は彼とそれを見ている
決して彼のために着る事の出来ないウェデングドレス
彼女は どう思っているのだろう
花嫁が 白薔薇のブーケを高く投げた
オレンジに染まる空にアーチを描いて舞うブーケ
両手を翳しそれをとろうとする人達
そのブーケは先輩の手にゆっくりと落ちていった
18.
スコールは突然にやってくる そして私たちに思わぬ事態を巻き起こす
私たちがホテルに戻ると スタッフが彼を待っていましたとばかりに
駆け寄ってきた 彼に耳打ちする
その後ろから 花柄のワンピース姿 に
ショッキングピンクの不釣り合いなローヒ-ル
長い黒髪に はっきりとした目鼻立ちの顔
きつい化粧 赤い唇 伸びた爪に派手なネイルが塗られている
その左の薬指にはダイヤの指輪が光っている
見覚えのないその女性は 私たちに向かって歩いてくる
ふたりの目の前で立ち止まった
「主人のお相手はどちらかしら」私たちを睨み 強い口調で言った
「やめなさい ふたりは関係ない」
「答えなさい どっちなの」私の顔を見て 最初より強い口調で言った
「向こうで話そう」彼が女性の腕を掴んだ
女性はその彼の手を振り払った
「私です」先輩が答えた
女性は先輩に向かって右手に持っていたセカンドバックを振り上げた
彼女に当たるそう思った瞬間 私は彼女の体を自分の方へ引き寄せ
自分の体で覆っていた 殴られる と 思った
バシッと強い音がした
「馬鹿のことをするんじゃない」
その声にとっさに閉じた瞳を開いた
私の瞳の前に彼の体が見えた
彼の頬から血がにじんでいる
「ひどい人」彼の奥さんはその場に泣き崩れた
彼が奥さんを抱きかかえる
その様子を先輩はじっと見ていた
19.
彼女は部屋に戻っても 一言も話さなかった
着替える時も シャワーを浴びる時も ベッドに横になる時も
そして あのブーケの花を無造作にコップに挿した時でさえ
私も何をどう話したらいいのかわからなかった
だから言葉もかけられなかった
ただ彼女の様子を遠巻きで見ていた
私はベッドに入っても中々寝付かれずにいた
彼女も何度となく体の向きを変えていた様子がわかる
彼女はまだ寝ていないと感じた
だから
「目が覚めちゃって… 何か飲物を買ってくるね」と声をかけた
「一緒に行こうか」彼女か言った
「ううん ひとりで大丈夫」
「さっきは…」彼女が言いかけた
「何?」
「ありがとうね」
彼女がジェスチャーで私が彼女をかばった真似をした
20.
外から飲物を買ってホテルに帰ってくるとロビーに彼がいた
スタッフと話が終えて別れるところだった
彼が私に気づきにっこり笑って私の方へ歩いてくる
左頬に絆創膏が貼ってあった
「どこへ?」
「あ 飲物が欲しくて外まで買いに」
「そう…..あの….彼女は どうしている?大丈夫そう?」