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8月の花嫁

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何の心理 わかってて開けてみてしまう行動
彼女の姿はどこにもない

ベランダの外 日が落ちていく海辺
波間にキラキラ オレンジの夕日が眩しく見えた
見覚えのある小さなふたつのシルエット 

向き合い やがてその影はひとつに重なった



8.

夕食は ショーを見ながらのディナー
いたるところに松明が飾られ 炎が揺れている
その松明の炎に照らされている先輩と彼の横顔
浜辺のふたつのシルエットを重ねて見る
「ん?どうした」
「ううん」
「これ好きでしょ はい あげるね」
先輩は小首をかしげて私に微笑んだ 胸がキュンとなった

南国 独特な香りと音楽
鳴り響くリズミカルなタイコの音 
ステージの上では若い男女がそのリズムに合わせて腰をくねらせる
曲が終わるとステージからダンサーが客席に降りてきてダンスを誘う
私たちの席へも

数名のスタッフは乗り気で自分からステージに向かって行った
先輩は私に促す 彼が私の手を取って一緒にと誘う
彼女を見た 行っておいでと笑っている

私は彼と手を繋いでステージにあがった
彼が私に笑顔を向けて踊る 私も彼と身体を合わせて踊る

彼女はそんな私達を頬杖ついて笑って見ていた



9.

「ねぇ少し散歩しない?」
「うん」
「元気ないじゃない」
「疲れたのかな」
「散歩やめる?」
「ううん 行く」

食事を終えるとホテルのプライベートビーチを私と先輩はふたりで散歩した
カメラマンの彼は明日の打合せで忙しいらしい
ふたりは何も話さない 
ただ 波の音を聞き 心地よい風を感じながら歩いていた

「あたしね」

彼女が最初に口を開いた

「ん?」
「カメラマンの彼をね……」

彼女の告白
いつも一緒にいたはずの彼女
私の知らない彼女が顔を出す 幾つもの私の知らない先輩の顔

「彼との付き合いはね もう2年になるかな」

先輩がモデルを始めた頃 だね 知らなかった 

周りの男子の誘いも いつもはぐらかして断っていた
相当のメンクイか はたまたレズか なんて冗談を言ってたけど
本当の理由(わけ) 彼がいたんだね それも….

私って 

「先輩 でも 奥さんがいる人だよ」

何のいじわる?

「そうよね わかってる」

「結婚の約束とかしてるの?」

私って最低

「いじわる…そんな聞き方なんでするの?」

彼女は瞳にたくさんの涙を浮かべて私を見た

「いくら先輩でも ふっ 不倫は許せない 逆の立場だったら哀しいでしょ」

「ばかぁ わかってるわよ だけどね 好きなの 彼を愛してるの どうしょうもないの」

涙の粒は彼女の大きな瞳からとめどなく零れ落ちた
そして彼女の身体はキラキラ光る砂の上に崩れていった

「ごめん…ごめんね 先輩….」

まるで小さな子供みたいに細い肩を震わせて泣きじゃくっている 
こんな彼女を見るのも初めてだった 私は彼女を抱きしめた

ごめんね 先輩 でもね 
やっぱり 誰かを傷つけた上に幸せは成り立たないよ

夜空はたくさんの星を散りばめていた



10.

一睡も出来なかった昨夜 きっと先輩も同じ 
彼女の腫れた瞼がそれを証明している 

先輩に言った言葉を後悔した 傷つけるつもりもなかった 

彼に対する私の気持ちは まだ芽生えたばかりの淡い恋
それでも片思いと言えるでしょ 心が少しだけ痛むもの

 
なら 先輩は両思いだと言えるものなのかな 
これからも彼との関係は続いていくんだろうか 
彼女の心も痛いだろうな 私なんかより数倍に



彼は….
彼は どんな風に先輩を想っているのかな
 

そんなことを考えていたら眠れなかったんだ 
人を好きになるってこと理屈じゃないってわかっているけど


「やだ どうしよう この顔 ひどい」と鏡を覗く先輩

いつもと変わりない彼女

「そうかな 先輩はいつもきれいだから」
「そう?」

鏡に映る彼女はにっこりと笑っている ほんの少しだけ安心



私も鏡を見る 同じ瞼の腫れは一緒なのに なんか違うな 



11.

10日間の滞在は撮影とバカンスを兼ねている
今日はココス島へ船で移動して水着の撮影をする

ココス島で2泊の予定

後日にはウェディングドレスを着て撮影なんてのもあるらしい

水着はともかく
嫁入り前にウェディングドレスを着ちゃうなんて
婚期を逃すって聞いたことあるんだけど 大丈夫?

先輩 切ないね ウェディングドレスを着るなんて

だけれど きっと似合うだろうな 彼女のウェディングドレス姿 


シャトルボートは波すれすれに動いている
足元がガラス張りになっていて海中が見えるようになっている
透明な海中に小さな熱帯魚たちが群れて泳いでいる姿が見えた

「きゃ~かわいい」

先輩は変わりなく彼の隣にいて 無邪気にはしゃいで彼と戯れている
私はそんなふたりから視線を逸らした

何処までも続く青い空と何処までも広がる海の蒼さの繋がる先を見ていた

「見てぇ ウミガメが泳いでいる」 興奮した彼女の声


彼女が示す指の先に

ゆっくりと波に乗って船のすぐ横を泳いでいるウミガメの姿 


現地のガイドさんが 泳いでいるウミガメの甲羅に触れると幸運が舞い込むと言った

皆が一斉にウミガメに向けて手を伸ばす あと少しあと少しと

私も力いっぱいに手を差し伸ばした

先輩も精いっぱいに腕を伸ばしている 上半身が船からはみ出していく程に

「おい 落ちるから」彼が彼女の体を落ちない様に支える
「あと少し もう 少しなの」

私も精いっぱいに手を伸ばす 伸ばす 限界まで 
私と彼女の手 ふたりの手がウミガメの甲羅に触れた

「やったぁ」子供みたいに大喜びで私に抱きついてくる彼女
「良かったね」


きっと 私たちに幸せは訪れる 



12.

着替え室に幾つかの水着が並べられている ビキニタイプ ワンピースタイプ
フリル付 花柄 大胆なものも 

よく雑誌で その年の流行の水着を友達と見ては騒いでいたのに
今は自分がそのページを飾る人になっているとは
人生もわからないものだね


「あなたはこれを着て」とスタッフの人から渡された水着


うそ… 深いグリーンに黒のアニマル柄って言うのかな?
ワンピースだけど両脇が開いていて首の後ろで紐をしばるタイプ

ちらりと先輩を見る

ビキニだ 淡いピンクでシンプルだけどリボンが可愛いやつ

「その水着 バドガール みたいにかっこいいじゃない」
「そう? ほんと?」と一応ポーズをとる
「いい!!いいじぁん」

その気になってきた 私は単純

「胸にちょっと これを詰めて」


貧相な胸に2つのパットを詰めろって….傷ついた



13.

灼熱の太陽の下 カラフルなビーチパラソルが所々に咲き乱れる浜辺

ファインダーを覗く彼が先輩を撮る その瞳は鋭い中にも愛情が見えた

そう言えば いつもそうだった 優しい眼差しで彼は彼女を見ていた

それが彼の彼女に対しての愛なのだろうか 

私には決して見せない愛情のかけら 

私にはわからない愛があのふたりにはあるのだろう

「あ 真顔になってる 笑顔ね え・が・お でね」
「すいませ~ん….」
作品名:8月の花嫁 作家名:蒼井月