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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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カフェ・サニーディサンデー

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 ここにはいない話題の当人は、今回に限らず、とにかく恋愛関係のトラブルと失敗談とある意味武勇伝に事欠かない。ひなたが知っているだけでも、その話題を肴に一カ月は毎日飲み会ができるレベルだ。見目はいいのに勿体ない、とも思うが、彼の場合見目の良さが逆に災いしているような気もしている。ひなたよりやや低い身長と華奢で痩せたしなやかな体型だが、決して女性的ではない。二十歳を過ぎて尚どこか少年的な雰囲気があるが、かといって幼いわけではない。顔立ちも整っており、くるくると表情がよく動き、大きな黒目がちの瞳が印象的なその顔は、美形というよりはかわいいと形容される。それだけ整った顔に合わせているのが、いかにも実用重視の黒縁の眼鏡で、そのなんともいえない隙がまた女性の心をくすぐるようだ。こんな容姿だものだから、彼がアタックした女性はわりと簡単に落ちる。それだけなら別になんの問題点もなく、彼がとにかく面食いで、フリーの時に好みのタイプの子を見かけると直ぐに口説いてしまうのも、誰に迷惑をかけることでもない。あまりにも外見重視が過ぎる余りに今相方が語ったようなことをやらかしても、それで痛い目を見るのは本人だけだし、その程度のことなら本人にとっては大した痛手でもないらしい。最大の問題は、どういうわけか彼が声を掛ける女性が、ことごとく折り紙つきの地雷物件だということだ。
 彼が見た目を気に入って声を掛ける女の子の五人に三人はそれなりに問題を齎し、ひとりはまともで、そしてひとりはなんらかの形で警察か病院のお世話になるレベルの災いを引き起こす。厳密に統計を取ったわけではないがだいたいこんなような比率だ。しかし大はずれを引いて散々な目に遭った二日後ぐらいには、既に新しい子といい仲になっていて、またそれがとてつもないヤンデレだったり、或いは本人はまともであっても彼の以前の彼女たちとのトラブルに嫌気が差して別れたり、はたまたこんな事態を引き起こしてばかりいる彼自身に愛想が尽きていなくなってしまったりするのである。家主さんと呼ばれる現在同棲中の彼女は、たった二割のまともな部類に入っていたようなのだが、その彼女とも緊急電話のお世話になるほうの二割に属する人によって別れる羽目になるのだろう。
 これだけ痛い目を見まくって尚、一切懲りることがないのは最早病気か才能のどちらかだとひなたは思う。自分だって恋愛で失敗したことがないとは言わないが、それにしても普通の人なら人生に一度あるかないかレベルの事件性すら漂うとんでもない恋愛経験をこれだけ積み重ねる人もいないだろう。
 残念なイケメン。この言葉がここまでぴったり合う人物を、ひなたは他に知らない。それをここまで面白がり、巻き込まれようと流れ弾に当たろうといつも変わらずに隣に立つこの彼もなかなかの、或いは本人以上に曲者だと思うけれど。巻き込まれた災害のことも含め、相方について語る彼はとても楽しそうだ。
 やがて、一時間半ほど経った頃、買い物かごをいっぱいにしたマスターが帰ってきて汗を拭った。
「それらしい子を見かけたから、携帯持って適当にうろうろして撒いてきたよ。僕を知っている様子はなかったけどだいたい僕の行く先々に現れたから、携帯の電波を頼りに探されてるのは間違いないね。頃合を見てGPSを切ってそれからついて来られてる気配はなかったから大丈夫だと思うよ。でもまぁ、ほとぼりが冷めるまでこの携帯は使わないほうがいいだろうね」
 果たしてほとぼりが冷める日は来るのだろうかとひなたは思う。お金はかかるが新規契約したほうがいいだろう。その番号もきっとすぐに使えなくなるのだろうけれど。トイレからそろそろと出てきた彼に、すべての電波をオフにした携帯を手渡す。それと、見慣れないややごつい機器がひとつ。
「はい、トランシーバー。最近の若い子は見たことないかな」
 同じ形の色違いのものを大柄な青年に渡し、マスターはにやりと笑った。


 とりあえず目下帰る場所のなくなってしまった彼は、今日はどこかビジネスホテルにでも泊まるらしい。最初はネットカフェかカラオケのフリータイムと言っていたのだが、それでは彼女たちに見つかる危険性があると相棒に説得され、今あんまり現金持ってないんだけどなぁ、とぼやきながらも身の安全を選んだようだ。そしてまた彼のことだ、きっと数日中に新たな転がり込み先を見つけるのだろう。それが天国か地獄かは、引いてみてのお楽しみだが。
 彼らが帰ったあと、入れ替わるようにしてぽつぽつと客はやってきた。日が暮れて涼しくなってきたこともあり、折角シロップを買ってきたもののあれきりかき氷の注文はなかった。やっと扇風機が切られ、風鈴の音も落ち着く。
 ラストオーダーの午後九時半を過ぎた頃には、もう客は残ってはいなかった。いつも通りてきぱきと片付けを進め、しかし賞味期限ぎりぎりのケーキや生の食材を食べたり持ち帰る準備をしたりしているうちに、なんだかんだで十一時を回ってしまった。
「そうだひなたちゃん、前回言い忘れちゃってたんだけど、僕十二日から十八日までお盆休み取るから、来週はお休みね」
 言うの遅くなってごめん、とマスターは小さく頭を下げた。
「いいですよ。どうせ旅行行くつもりとかもありませんし、十二日はお休みって、明日書いて張っておきますね。あ、それならちょっと地元帰ろうかな」
 旅行にぽんと行けるほどの余裕はないが、実家への交通費ぐらいならある。マスターは親孝行しておいで、と言って笑った。
「僕は地元もここだし、朝イチで墓参り行って、午後はのんびりしようと思うよ。読みたい本も溜まってるし、こんな仕事してるとたまには外食したくなるしね」
 そう言われて、ひなたはマスターが多分毎日墓参りに行かなくてはならないのだろうことに気がついた。細かい事情は知らないし、個人のプライバシーに土足で踏み込むのも不躾なので聞いてもいないが、すべての場合で既に両親が他界しているらしいとは聞いている。
「無理しないでゆっくり休んでくださいね。マスター、働き過ぎなんですから」
「あはは、おかしいね。このカフェは日曜日しかやってないのに」
 彼の顔には、影はないが確かな疲れは滲んでいる。その理由をひなたは知っているけれど、どうすることもできない。せめて七日間のお盆休暇の間に、少しでも彼が休んでくれることを祈るばかりだ。
「さ、そろそろ帰らないと戻れなくなるよ。それじゃ、お互いよいお盆休みを。またね」
「ええ。じゃあ、また十四日後に」
 二週間か、長いなぁ、という言葉を、ひなたは口にせずに飲み込んだ。
 いつか、言えるだろうか。一週間だって寂しいのだと、会いたいのだと。まだ言えない。もしそれで今の居心地の良い関係性が壊れてしまったら、と思うと。けれど、もしもそうやって足踏みしている間に先を越されてしまったら、という不安もある。
「……ちょっと、羨ましいな」