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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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カフェ・サニーディサンデー

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「おれがこの携帯持ってここを出れば、もしGPSを頼りに探されても、君は見つからないで済むでしょ。適当なところまで持ってってからGPS切って撹乱するから、ちょっと待っていて」
 そう言って立ち上がった彼を、なら僕が行くよと言ってマスターが制し、エプロンを外した。
「君はその彼女さんたちと面識があるんだろう? 彼の元彼女が君らが仲良いの知らないわけはないし、君の外見は目立つし、もしもうここの近くで張られていたら困る。僕だったら彼女たちに面が割れていないし、仮にここに来たことがあったりして僕を知っていても、僕がこの店から出てきても何もおかしなことはない。ついでにかき氷シロップでも追加で買ってくるよ。ひなたちゃん、悪いけど留守番を頼むね」
 君は念のためトイレに隠れていて、と青年に指示を出すと、マスターは買い物かごを掴み、パンツのポケットに漸く鳴り止んだ渦中の携帯電話を突っ込むと、店を出た。出かけ際に一度振り返り、「もし危なくなったら包丁でもバーナーでもなんでも使っていいから、なんとか身を守って。大丈夫、正当防衛正当防衛」となんとも不穏なことを言い残す。プロ仕様の台所は武器の宝庫だ。
「武器を持ったひなたさんがいれば戦力的には安心ですね」
「それ、なんか誤解招きそうな気がします……」
 別にひなたは喧嘩慣れもしていないし、武術の類を嗜んでもいない。ただ、運動神経はそれなりに良く、自他共に認める馬鹿力ではある。カフェのバイトよりも、それを目指して大学で勉強している職よりも、引越し屋や運送業者が天職なのではないかと周囲から言われるほどに。ただ、スピードは特にあるわけではないので、いきなり刃物で斬りかかって来られたらかわせるかどうかはわからないが。
 小柄な青年はマスターの指示通り、トイレに隠れている。マスターと彼、それに他の客もおらずひなたと大柄の男のふたりだけになる機会というのは滅多にないため、少し奇妙な感じがした。
「そういえばどうして今の彼女さんの家から逃げてきたのに、あなたが一緒なんです?」
 ふと気になって聞いてみた。彼のほうは知らないが、小柄な彼に彼女が居て、関係がそれなりに落ち着いているときであっても、ほぼ毎週彼らは連れ立ってこのカフェにやってくる。そして彼女を連れてきたことは今のところ一度もない。かといってそれが彼の想像力の生み出した非実在彼女であるとかそういうことはなく、大学でそれらしき女性と一緒にいるのを何度か見かけたことがあるので知っている。ただ、かなり短いスパンで毎回違う相手に変わっているのだが。
「ああ、ちょうど彼のところに例の人が押しかけてきたののちょっと後に、待ち合わせていたんですよ。追ってきた例の人と、巻き添え食った上に見捨てて逃げられて怒った家主さんに追いかけられて、逃げる途中で約束の時間に約束の場所を通過して僕と合流したんですよ。あんなだけど彼、待ち合わせはすっぽかしたことないですから」
「……律儀ですね」
「面白いでしょう?」
 そう言って笑う彼は酷く楽しそうで、あまりにも現状にそぐわない。話題の本人がこの様子を見たら、どう思うのだろうか。
「彼は彼なりに誠実に生きてるんですよ。襲われたときに相手を置いてけぼりにして真っ先に逃げたりはしますけど、嘘ついたり約束破ったりはしないですからね」
 だから、つい、ただのカフェの店員としては出過ぎたことを口にしてしまった。
「……おふたりが仲良いのって、なんか不思議です。全然キャラ違うのに、毎週必ず一緒にいるし」
「そうですか?」
「だって、毎回あの人が危ない目に遭うのに、それなりに巻き込まれてますよね」
「確かにおれ宛の脅迫があったこともあったし、逃亡期間中に彼の居所を教えろと迫られたこともあったし、彼に襲い掛かってきたのの巻き添えを食って怪我したこともありますね」
 そんなことすら楽しげに語る男に、ひなたは少々不気味なものを覚えた。勿論、顔には出さないけれど。しかし不思議なのは、どちらかというと彼は君子危うきに近寄らずなタイプに見えるのだ。実際、彼らと確実に顔を合わせるのはせいぜい週に一度のはずなのに相方のトラブルは何度も何度も目にしてきているが(きっとひなたやマスターの知らないところでもたくさんあるのだろう)、彼はトラブルどころか交際相手の影すらちらつかせたことはないし、発言や行動もいつだって手堅い印象を与える。だのに、こんな危なっかしさの塊のような男と、もはやこのカフェではワンセットとして扱われている。
「でも、面白いでしょう、あの人。最初に見たときあんまり面白かったから、クラス違うのに話しかけに行って、友達になってもらったんです」
 友達って、わざわざそんな風にしてなるものなのだろうか。本人のいないところで話題にして申し訳ないとは思ったが、もう好奇心が止まらない。つい、面白い、って何があったんですか、と聞いてしまった。相変わらず彼はにこにこと笑いながら、おれがばらしたって秘密ですよ? と言ってあっさりと口を開く。
「おれたちの高校、学祭の前夜祭ステージで、全校生徒と教職員一同の前で意中の相手を呼び出して愛の告白をする行事があるんです」
「はあ……」
 いかにも彼が盛大に大火傷をするにふさわしい舞台に、嫌な予感とある意味期待を禁じえない。
「一年生の時なんですけど、そこで同級生のすごくかわいくて、見た目も雰囲気も声も良く似た双子両方呼んで、『どっちでもいいから付き合ってください』って言って勿論どっちにも振られたんです。左右から同時に平手打ちをお見舞いされて」
「う、うっわー……」
 それはよく似た双子に対して最大の地雷発言ではないのだろうか。自分はひとりで生まれたし、弟妹たちとはまったく似ていないわけではないがそっくりというほどでもないという感じではあるけれど、その気持ちはわからないでもない。
 もしマスターに、「ひなたちゃんなら誰でもいいから付き合ってくれ」などと言われたら、絶対に面白くないに決まっている。それも、全員揃った場面でなんて。……ただ、そもそも三十台も半ばに達した彼の恋愛対象に、二十歳そこそこの小娘でしかない、それも高身長、馬鹿力、大飯食らいという人としてはともかく若い女子としていまいちぱっとしない要素を取り揃えてしまっている自分が入っているかどうかさえ怪しいと思っているので、今のところそれすら単なる想像に過ぎないのがそれはそれで面白くないのだが。
「雷に打たれたみたいな衝撃でしたよ。最高だ。こんなことをみんなが見ている前で平気でやらかす人がいるなんて、想像したこともありませんでした。なんて面白いんだろうって、感動しましたね。壇に上がるときにクラスと名前を名乗るから、それを覚えて次の日早速会いに行ったんですよ」