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なつきすい
なつきすい
novelistID. 23066
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カフェ・サニーディサンデー

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 考えて、けれどそれも想像することができないことにひなたは気付く。不思議な時間を生きる彼。週にたった一日、日曜日だけ、この世界に存在する人。月曜日から土曜日までは、この世界にいない人。その人と、付き合う、一緒にいる? どうやって?
(あたしは、どうしたいんだろうな)
 想像の範囲の外で、答えは出ない。そもそも、どうしてそんなことになっているんだろう。それが事実であることは、自分の身で確かめているから疑いようもない。だけど、七つの世界を一日ずつ渡り歩きながら生きる、というのは、日曜日しか存在しない彼の世界は、一体どんなものなのだろう。その彼と寄り添うには、どんな時間を生きれば良いのだろう。
 けれど、彼に恋をしてしまっていることは、この目で確かめたこのカフェの秘密と同じように、間違いなく確かなことなのだ。
 ぎぃ、と軋んだ音を立てて、古い木製のドアが開く。吹き込んだ風にはっとして振り向くと、ついさっき話題となっていた彼、にとてもよく似ただけど違う、小柄で愛らしい容姿の眼鏡の似合う彼と、その相方であるところの長身の男が、いつものように楽しげに入ってきた。
 いらっしゃいませ、とマスターとひなたの声がぴったりと重なる。もうすっかり覚えてしまった、彼のタイミングとリズム。そんなことに気付いてしまって、誰も気にしていないはずなのに妙に気恥しくなってしまう。
 ああもう、先週あんなこと言われたせいだ。この彼じゃないとわかっていても、ついつい彼を見る目がきつくなってしまう。一瞬目があった彼が怖気づいたように一歩立ち止ると、隣の長身の男も歩みを止めて横を見る。なんでもない、と小声で呟いて、首を不審げに傾けながら、敷居をまたぐ。その首の傾げ方さえもかわいいのだから、悪質だ。
「俺、ひなたちゃんに恨まれるようなことはまだしてないよね」
「ええ。どうかしましたか?」
にっこりと、慌てて笑顔を取り繕う。今、睨まなかった? という彼の問いに、ごめんなさい、ちょっと目が疲れてて、と返した。
「コンタクト?」
「いえ、裸眼です」
 今時の女子大生にあるまじき両目2.0以上を誇るひなたの眼は、ドライアイや疲れ目といった現代病とは無縁ではあるのだけれど。
「……ま、いっか。きみ、今週長刀の大会出てたんでしょ。疲れるよね。今日ぐらい休んじゃえば良かったのに」
その発言に、ひなたは驚いて目をぱちくりさせる。確かに彼とは同じ学部の先輩後輩の間柄だけれど、講座が違うからせいぜいすれ違う程度でさして話すこともない。
すると、彼はひなたに助っ人を依頼した友人達の名前を挙げ、彼がこの店の常連であると知って、ひなたのことを話したらしいのだ。
「先週は柔道部の助っ人でしょ。ひなたちゃんって運動神経凄いんだね」
彼の言葉には素直な感嘆が滲んでいて、まあ褒められるのは悪い気はしないし、友人達がひなたのことを話したのもそれは別に全然構わない、の、だけれど。
(巻き込まれるのは、勘弁してほしいな)
 柔道サークルの友人と、長刀同好会の友人は、勿論別人だ。そしてふたりとも当然ひなたの同期であり、今の講座も同じだ。つまりは、通常だったら彼とは接点がないはずなのだ。さらにこのふたりも、互いに友達なのである。加えて、どちらもかなりかわいく、強い。そして現在はフリーのはずだ。修羅場だけは困る。ものすごく困る。卒業までの残り二年とちょっとを平和に過ごすためにも。とりあえず直近で来月に予定している三人での温泉旅行を平穏無事に終えるためにも。
 予防措置として、こないだの国際問題になりかけた一件をあのふたりに言いふらしておこうか、と思って、あの彼はこの彼ではなかったのだと気づく。この彼は、少なくともひなたの知る限りはまだそこまでの危険物に手を出したことはない。あくまでもひなたの知る限りであり、尚且つ、「まだ」という語がつくけれども。
「もう終わったし、これでたぶん当分助っ人とかないし、休まなくても平気ですよ。引っ越し屋はお休みしましたけど」
 だいたい、たとえどれだけへろへろだったとしても、先週のあの一件がどんな結末を迎えたかを聞くまでは休めない。あまりにも気がかりすぎて。場合によってはあの世界の日本の未来にも関わりかねないことだ。
「そっか。ま、俺たちだって、きみがいたほうがこのお店にも花があっていいしね」
 日頃そのお花ちゃんをよりどりみどりした挙句かなりの頻度で毒草に当たっているひとがなにを言う。だいたい、この店に来ている間、彼はほとんど相方であるところの長身の彼と話していて、ここにだけは女の子たちを連れてきたことがないし、客やひなたを口説いたこともない。彼にとってここは長身の彼と過ごす場であるのだ。ただ、こういうことをすらすらと口にできるのが、もてる秘訣であるのかもしれない。
しかし、次の瞬間、ほんのわずか、隠し味程度の意地の悪さが目元に浮かんだように、ひなたには見えた。
「それに、このバイトだけは休みたくないでしょ?」
自分が同じことを考えられたら面白くないのはわかっている。だけど、けれど。
(ほんとにもうこの人はなんなの!)
ひなたには見分けられない程度に同じ顔で、同じ声で、同じ表情で、同じようなことを言う。読まれている。自分は、自分じゃないひなたといっしょくたにされることが面白くないけれど、それでもつい、そんなことを思ってしまって。
「…………あ、」
 そうか、と、ひなたはふっと、先週からずっと消えない、なにかもやりとしたものがすっと腑に落ちたのを感じた。
 どうして、あんなに悔しかったのか。あの彼の知るひなたについての評が、自分に対してそっくりそのまま当てはまってしまったことが、嫌だったのか。
自分と、彼の知る「ひなた」という女性を、同じものとして扱われてしまって、しかもそれが間違っていなかったことが。
 マスターが好きだ。自分も、彼女も。そのことは問題なく認めよう。だって実際、好きなのだから。自分が好きになるぐらいの相手なのだから、他の誰かも彼のことが好きでも、そんなのはいくらでもある話。
嫌なのは、自分と彼女が同じものとして扱われること。だって、同じだったら選んでもらえない。よしんば好かれたとしても、七人のうちのひとりなんて、嫌だ。同じものの中の、他と変わらないひとつだなんて。
「……そういえば、ひなたちゃん。結局髪切ったんだね?」
 ふと、思い出したように彼が言った。先週の日曜日の時点でもう切っていたのに、と思ったところで気がつく。そういえば先週はかつらをかぶっていたのだった。あの彼の知るところのひなたになりすますために。
「結構なイメチェンだけど似合っててかわいいよね。ね、マスターもそう思うでしょ?」
 そんなことを言って、こちらへ目配せしてくるところは、やっぱり見透かされている感があって若干イラっとはするのだけれど。
 髪の毛を焦がして、短髪になってしまったのは、この自分。たったひとり、この「あたし」。