世界に挑む平成建国政権 第1章
「そうです。65歳以上の年金世代の就労拒否者に対する年金20%カットや、75歳未満の10%カットは就労の半ば強制ですよね」政治記者が政治評論家に同調した。
「そうじゃない。例えば月額5万円カットされた年金者が就労すると3倍の15万円の賃金を得る。そこから健康保険料と労災保険料を差引かれても確実に10数万円が手取りとなり、実質増収になる。受入れ企業は最低時給と3倍賃金を満たせば5万円支給され、実質10万円で雇用できる。年金者の雇用を義務化する。間違いなく国民所得が増える」
「皆さん、政策についての発言や論評はお控え下さい」上原は注意を促す。
若い政治記者は上原の注意を無視し、教授の細かな説明に納得せず、
「若者の雇用はどうなる? 益々中高年層や若年者の失業が増えるじゃないですか」
「家電や車が普及した社会になお売らんかなと頻繁にモデル変更して資源を浪費する。
食料とエネルギーは極端に不足しているが、生産に取組まず安直に輸入するから国民は不足を肌身に感じない。不足する物の生産にこそ人、物、金の資源を投入すべきです」
教授が自らの意見を述べる。議論は司会者・上原の主旨から段々と離れる。
「一次産業に従事せよと? 今の若者は3K仕事しませんよ。そこがお判りでない」
終戦直後世代の教授と昭和後期生まれの記者では議論が噛み合わない。
「維新後80年の戦後改革、それから約70年の今、周期的な日本の地震だと論評する外電もある。私は彼らが契約する2期8年の強権を認め、やらせては・・・」
教授が占拠部隊を支持するや否や、政治評論家は教授を睨み、
「発言は不穏当だ。取消しなさい」教授は無視して発言を続ける。
「彼らのウエブサイトに明記する国会議員と地方議員の廃止や国民官制度、一千万国民の立法権付与は強権なくしては成し得ない改革である」
「確かに過去の軍事政権のイメージとは趣が異なる」軍事評論家が発言する。
「軍事政権!? 内乱罪に相当する輩ですぞ!!」上原は目を吊上げた。
番組はコマーシャルに変る。1カメの横に立つ報道局長が番組中止の合図を送る。
「申し訳ないが上層部命令で番組を中断します。司会不適切の致すところです」
上原が頭を下げて中止を告げた。政治評論家は渋い顔して教授を睨む。
橘運送ビル・事務室、出入口のガラス戸に橘運送株式会社の裏文字がある。数十人の隊員がパソコンを操作する。背広姿の中西が無線電話する。拡声器から香山の声が流れる。
『諸君ご苦労、メディア作戦は成功だ。我々の運命は盟友の諸君達に託す。健闘を祈る』
「我々は盟友と共に。制圧隊の健闘を祈る」壁の時計が0時を過ぎる。
第4中隊長・中西が無線を切る。
「諸君手を休め聞いてくれ。計画通り明日から各班に別れて世論工作を開始する。硬い堤防を手作業で崩し民意の洪水を起す。唯一の道具は今手にする携帯パソコンとネットだ。諸君の安全は各自が守れ。最悪の時は狙撃隊が援護する。さあそれでは前祝の乾杯だ」
隊員達が缶ビールの栓を開け、「乾杯!!」の声と共に互いの缶を触れ合う。
都庁、記者達が早朝の廊下を都知事に群がり取材する。
「来年度予算の採決時期になぜ訓練したのですか?」
目を腫らして歩く都知事が突出されたマイクに、
「地震は国会の都合で来るのか!!」
「知事は敢えて会期中を説得したと聞きますが、責任を感じておられますか?」
「取材はここでなかろう」都知事は歩みを止めずに進む。
「告訴しても真相を究明しますよ」記者の一人が大声で喚く。
都知事は記者を振り切りエレベータに乗る。
衆議院議場内、議員が議席につき、大臣達がひな壇に並ぶ。香山が演壇に立ち、
「毎日10時と16時には議場へ集れ。脱出した者があれば脱出者両隣の者を射殺する」
議員達は疲れた顔で黙って聞き入る。
「議事堂内は食堂を含め自由な移動を許す」香山は議員達を見渡し傲慢に命令する。
銃を構える隊員達が議員達の在籍を確認して回る。
衆議院議長応接室、香山が豪華な応接椅子に座る。隊員に伴われ溝口防衛大臣がやって来る。香山は起立し丁寧に溝口を迎え椅子を勧める。溝口は椅子に座りながら、
「寝袋は学生時代の登山を思い出したが、まさか議員控室で寝ると思わなかったよ」
香山はテーブルの葉巻を溝口に勧め、
「即応隊が出動し、議事堂周りの道路に布陣しています。突入すれば応戦します」
溝口は葉巻を受取る。香山は葉巻に火を近づける。溝口は差出す火を葉巻につける。
「君はワシに即応部隊の退却を命じよと?」溝口は上手そうに紫煙を噴出す。
「いえ、即応隊は災害訓練出動だそうです」
「何!? 成る程、考えおったな新田は」溝口は腹を抱えて笑う。
「いずれ戦い、共に死ぬ前、暫定憲法の発布を総理にご説得下さい」
「総理はあれで頑固だから私では力不足だ」
「そうですか。残念です」香山は溝口を鄭重に送り出す。
議事堂を囲む4周の道路はテント村ができ、即応部隊が昼夜を問わず厳重な警戒体制を敷いている。この5日間は膠着状態である。国民も政治の停滞と理解しているのか、停滞慣れして特に騒がない。日本のマスコミは膠着のためか、故意か多くの情報を伝えない。占拠部隊の政策は一切伝えない。これは明らかに故意である。
だがネット上の国民の議論は活発である。復興も遅々として進まず時期をわきまえぬと罵る者あり、そりゃ奴らじゃない、お前の目はどこについているのだと擁護する者あり。賛否の葉書は出すかの問いかけに、勿論出す、でもどこへ郵送すればいいのだと困惑する呟きが多数を占める。
外電は先進国に生じた大事件に国民が騒ぎ立てない日本国の魔訶不思議を伝える。米軍は横須賀と佐世保へ空母を緊急入港させた。海自は日本海にイージス艦配置を強化し、空自は早期警戒管制機による警戒を強化した。防衛省筋は取り立て内外から無能、無策の論調が起らず安堵していると云った按配である。
警察庁長官室、出勤した長官が執務机の前に立つ秘書官から今日のスケジュールを聞く。
机上電話のベルが鳴る。長官は電話のハンドレス釦を押す。通話が拡声されて聞える。
「この10日間、警察が必死で探している中西である。長官は在中か?」
「私が長官の山城だ」長官は秘書に目配せする。秘書は逆探知の目配せと察し退室する。
「私を捜索する分には異存ない。だが我々の支持の賛否を受取り、集計せんとする団体やグループに陰湿な圧力を加える。これは警察が選挙干渉するに等しい・・・」
「チョッと待て、そんな事実はない。それに君らの民意は法律の根拠がない」
「長官はツイッターを見ていないのか? その事実が飛び交っているし、我々も直接事実を把握している。今後はその事実に遭遇すると上長に対し排除作戦を強行する」
「排除作戦とは何か?」長官はイラつきが募るが我慢し堪える。
「ことば通りの排除である。状況次第では最高幹部にも及ぶ」
長官は嘗ての長官狙撃事件が頭を掠める。公然と脅迫するところが不気味である。
「真っ向、君らは国家権力に挑戦して勝てると思うのか?」
「そう云う議論はしない。一切は国民の判断である。警察は政治的中立を貫け」
作品名:世界に挑む平成建国政権 第1章 作家名:大国主 みこと